アカザ科植物およびユリ科ネギ属に見られる

硫酸イオンの吸収に伴う硫黄同位体分別

 

木我千鶴・白取健一・安田規良

岩手大学農学部農林生産学科

農業生産学専修生産環境学講座

土壌学研究室

2002年3月

卒業論文要旨

 

1.はじめに

 アカザ科Chenopodiaceaeは世界中に広く分布しており、例えばアッケシソウ、オカヒジキのような塩生植物として生育しているものが多い。アカザ科の生育環境の多くは海水の影響を受ける。そこで、植物の必須元素であり、海水中に多く含まれる硫酸イオン中の硫黄原子に注目し、さらに硫黄の地球規模での循環やアカザ科の生理生態にも注目する。塩生植物として生育しているものが多いアカザ科の特徴を生かして砂漠緑化や塩類土壌への応用の可能性がある。しかし、アカザ科植物の硫酸イオン吸収とその同化過程についてはあまりよく知られていない。本研究では水耕栽培を用い、さまざまなアカザ科植物地上部の硫黄含量および硫黄同位体比を測定し、唯一の硫黄供給としてのMgSO4硫黄同位体と比較して、硫黄同位体分別が見られるかどうかを調べた。また、同様のことを硫黄含量が特異的に多いユリ科ネギ属の植物についても行い比較検討した。

 

2.硫黄同位体地球化学

2−1.地球上での硫黄の存在状態

 硫黄は蒸発岩(5×1021g)、堆積物(主に頁岩、2.7×1021g)、変成岩、火成岩(7×1021g)中に多い。海水(1.3×1021g)や大気(3.6×1012g)などの流体中の硫黄量は、これら岩石中の硫黄量より圧倒的に少ない。また、硫黄は蒸発岩中では硫酸塩として、堆積物中では黄鉄鉱(FeS2)、石膏(CaSO4・2H2O)、有機化合物、海水中では硫酸イオン(SO42−)、大気中ではSO2、H2Sなどとして存在している (鹿園、1997) 。

 

2−2.硫黄同位体比の表わし方

 硫黄には4つの安定同位体が存在し、おおよその存在量は32S=95.02%、33S=0.75%、34S=4.21%、36S=0.02%である。その中でも一般に測定されるのは存在度の最も高い同位体を分母として、2番目に存在度の高い同位体を分子として、標準試料に対する同位体比の千分率偏差(‰)が用いられる。

δ34S(‰)=1000× (34S/32S試料− 34S/32S標準 ) /(34S/32S)標準

 ここで、標準物質として34S/32S=22.22のCanon Diablo隕鉄中のトロイライト(FeS)を用いる。

 

3.アカザ科、ユリ科について

3−1.アカザ科とは

 アカザ科chenopodiaceaeは植物分類学上、被子植物門・双子葉植物綱・離弁花亜綱・ナデシコ下網・ナデシコ目に属し、世界中に広く分布しており、その数は約100属1400種以上に及ぶ。

アカザ科の特徴は、第一に、その大部分が塩生植物か乾生植物ということがあげられる。そのため、その生息地も海岸の塩性湿地・砂地や乾燥地帯に多く分布している。高い水利用効率や耐塩性機構をもち、また、高温・乾燥気候に適しているC4植物を持つ。これは、上記で述べたようなアカザ科の生息域に適応した結果であろうと思われる。

 アカザ科植物は、その多くが一年草であり、まれに低木となる。葉は単葉で平らなものから円柱形のものまであり、多肉型になることが多く、葉のつき方は通常互生で、托葉と呼ばれる葉柄の上または葉柄基部付近の上に発生する、葉身以外のすべての葉的器官をもたない。花は小さくしばしば雌雄が分化する。花被弁は緑色で、2〜5個、中には退化しているものもある。おしべは花被弁と同数か少数、子房は1室で胚珠は1個である。果実は痩果、まれに液果になるものもある。胚はらせん状に巻いたものや輪状に胚乳を取り巻くものがあり、科をさらに細かく分別する場合の指標形質となっている。

 農学上の特徴としては、一般に好窒素植物であることが挙げられ、アカザ科以外にもヒユ科やサボテン科などナデシコ目にだけに局在する、ベタシアニンと呼ばれる色素を持つことも大きな特徴である。また、アカザ科は、生育の早い一年草が多く、ビタミン類に富んでいるため、多くのものが野菜として利用される資質を備えているといえる。

 

3−2.ユリ科とは

 ユリ科Liliaceaeは植物分類学上、単子葉植物綱・ユリ亜綱・ユリ目に属し、世界中に広く分布しているが、温帯から亜熱帯に多く、林床の日陰から乾燥した砂漠地帯までいろいろな生態環境に適応、放散的に分化している。単子葉植物の中では大きな科のひとつで、約250属3500種を含む。

 通常草本性で、葉は互生するものが多い。地下茎には鱗茎となるもの、球茎となるもの、長い匍匐茎となるものなどいろいろな形態がある。花は3枚ずつの外花被と内花被をもち、おしべは3本で子房は3室である。美しい花を持ち、観賞用に栽培されている品種が多い。

 

4.試料

ビート Beta vulgaris L.var. saccharifera Lange(ノゾミ、シュベルト)

フダンソウBeta vulgalis L.var. cicla L.

アカザ Chenopodium album L. var. centrorubrum Makino.

シロザ Chenopodium album L.

コアカザ Chenopodium serotinum L.

ホウキギ Kochia Scoparia Schrad.

オカヒジキ Salsola Komarovi Iljin.

シチメンソウ Suaeda Japonica Makino.

ヒロハマツナ Suaeda maritima L.var.malacosperma Kitam.

ホウレンソウ Spinacia oleracea L.

ネギ Allium fistulosum L.(下仁田ネギ、ヤグラネギ)

ニラ Allium tuberosumler Rottler.

 

5.実験方法

5−1.水耕栽培

試薬 MgSO4・7H2O(2M)       20ml/20L

    Fe-EDTA(20mM)        4ml/20L

    KNO3(1.2M)          20ml/20L

    Ca(NO3)2・4H2O        20ml/20L

    NaCl             5g/20L

    (NH4)2HPO4          4ml/20L

    微量元素(Mn,Mo,Znなど)   4ml/20L

    1M HCl            適宜

    1M NaOH           適宜

 上記の試薬をポリバケツに加え、生育適正pH5.0〜6.0の範囲になるようにHClとNaOHを用いて調節した。ホウレンソウは生育適正pHが6.0なのでpH6.0になるように調節した。各植物の種子が発芽したら、随時植物が過密にならないようポリバケツに均等に定植した。ポリバケツにはエアポンプを通して通気した。そして、毎日pHを調節し、根が水耕液に浸かるよう純水を随時補給した。定植から刈り取りまでの間、2〜3週に1回水耕液を更新した。

水耕栽培の写真

 

5−2.BaSO4精製 

 生育した各植物の根より上を刈り取り、十分乾燥させた後、試料を粉砕機で粉砕し、Parr bombで燃焼し硫酸溶液とした。それを、0.45μmメンブランフィルターを使用して吸引濾過した。ろ液を煮沸し、約10%BaSO4水溶液と反応させBaSO4の沈殿として硫黄を回収した。回収したBaSO4は乾燥させ乾燥重量を測定し、試料中に含まれる硫黄濃度を重量パーセント濃度で算出した。

 

5−3.硫黄同位体比測定

 回収したBaSO4は、岡山大学固体地球研究センターにて、V2O5熱分解法でSO2ガスとして精製した後、同位体比用質量分析計により34S/32Sを測定した。

 

6.結果および考察

6−1.各植物体の硫黄含有率

 今回の実験で用いた植物体の硫黄含有率(乾物重あたり)は、0.09〜0.46%の範囲であった。Trust およびFry(1990)によると、植物の硫黄含有率は0.1〜1.5%の範囲にあるとしている。そのため、各植物体の硫黄含有率の大きさについては特に問題ないと思われる。

 

6−2.各植物体の硫黄同位体比

 各植物体のδ34S値は、硫黄源の硫酸マグネシウムより低かった。各植物体の硫黄同化過程には同位体分別が存在するようではあるが、どの過程で硫黄同位体分別が生じたのかはわからなかった。ただ、アカザ科の属ごとの同位体分別値の違いは、硫酸イオンが植物体内に移行する際に、属によって、細胞壁および細胞膜の構造が異なるために、それぞれの同位体の移行速度に違いが生じ、このような結果が出たのではないかと思われた。