寒冷バイオシステム研究センター | ||||||||||||||
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ネムリユスリカ(Polypedilum vanderplanki)は、アフリカの半乾燥地帯に点在する岩盤地域に生息しており、幼虫は岩盤のくぼみにできた小さな水たまりで育つ。その最大の特徴は、乾期に水たまりが干上がるのと同時に幼虫自身もカラカラに乾いたミイラ状態(無代謝状態)になり次の降雨を待つという点である。このような活動休止は、クリプトビオシス(cryptobiosis; 隠された生命という意味)と呼ばれる。ネムリユスリカは現在のところクリプトビオシスする唯一の昆虫である。乾燥した幼虫は水に浸すと1時間ほどで蘇生し、これら休止と蘇生のプロセスは可逆的である。また乾燥幼虫は100℃の高温や-270℃の低温、100%エタノールへの浸漬、さらに真空や強い放射線などの極限環境にも耐性を示す。
乾燥に対して多くの生物は体内に水分を保とうとするが、ネムリユスリカ幼虫の場合はあたかも積極的に脱水するかのように体内の水分含量が急激に減少する。一般的に水が細胞膜を通過するためには水の通り道であるアクアポリン(AQP)が必須であると言われており、ネムリユスリカのクリプトビオシス誘導時の脱水においてもこのAQPが機能していることが予想された。
そこで、RT-PCRとESTデータベースを用いたホモロジー検索によって2種類のAQP遺伝子(PvAQP1, PvAQP2)を単離した。これら2種類の遺伝子から予測されたアミノ酸配列には、すでに同定されているAQP共通の構造である6箇所の膜貫通ドメインと2箇所のNPAモチーフが認められた。それぞれのAQP遺伝子の機能を確かめるために、cRNAを合成しアフリカツメガエルの卵母細胞で発現させたところ、水の透過活性を確認することができ、PvAQP1, 2は共にAQPとしての機能を持つことがわかった。ノーザンブロッティングによる経時的発現解析では、PvAQP1は乾燥処理によって発現量が増加し、逆にPvAQP2は発現量が減少する発現パターンを示した。さらにin situハイブリダイゼーションによる発現組織の解析からは、PvAQP1は乾燥誘導中の幼虫のほとんどの組織でシグナルが見られたが、PvAQP2については乾燥前の状態で脂肪体特異的であった。
これらの結果から、PvAQP2は平常時に機能するAQPの一つで、PvAQP1はクリプトビオシス誘導時の脱水に深く関与していることが予想された。
〈背景〉
ペプチド鎖伸長因子EF-1(Elongation Factor 1)はタンパク質生合成において中心的な役割を果たす因子であり、真核生物では異なる4つのサブユニット(α、β、β'、γ)から構成されている。EF-1αはGTP、aa-tRNAと三重複合体を形成し、aa-tRNAのリボソームへの結合を触媒する。また、EF-1βおよびβ'は不活性型となったEF-1α・GDPを活性型のEF-1α・GTPに再変換する役割を担っている。しかし、EF-1γに関してはタンパク質合成における明確な機能は不明で、その解明が期待されている。このような背景のもと、演者はEF-1γがリボソームの60Sサブユニットの構成タンパク質のうちの1つであるL30と結合するということを明らかにした。この結果は、EF-1γが他のEF-1サブユニットをタンパク質生合成の場であるリボソームに効率よく結合させ、細胞質で行われていると考えられていたEF-1β・β'によるEF-1αの再活性化がリボソーム上で行われるという可能性を示唆しており、大変興味深い。そこで修士課程では、EF-1γがポリソームに含まれるか否かを中心に解析を進めることとした。
〈方法、結果および考察〉
ポリソームの単離には、対数増殖期のイネ懸濁培養細胞を用いた。スクロース密度勾配法でポリソームを分画し、各画分に含まれるタンパク質をSDS-PAGEで展開した後に、抗EF-1γ抗体を用いてウエスタンブロット解析を行った。その結果、EF-1γは細胞質画分のみに存在し、ポリソーム画分には存在しないことが明らかとなった。酵母Two-hybrid法や、タグ融合タンパク質を用いたEF-1γとL30との結合解析では特異的な結合が確認できていることから、本実験結果の考察として、@EF-1γとL30との結合が弱い。Aリボソームとの複合体形成によりEF-1γの抗体が認識できない。Bリボソームとの結合が瞬間的なものであり、当該方法での解析が困難である。等の可能性が考えられる。しかし、結論を得るにはさらなる解析が必要であることから、エンドウのポリソームプロファイリングを参考にして、より詳細なポリソームの分画を行い、当該実験を継続する予定である。
上記の結果がEF-1γとribosomal protein L30との結合が偽陽性であった可能性を示唆していることから、抗体カラムを用いて両タンパク質間の結合をより細胞内に近い形で解析することとした。抗EF-1γ抗体カラムにイネ懸濁培養細胞由来の総タンパク質を吸着させ、非吸着画分を洗浄後、EF-1γ及びその結合因子をカラムから溶出させた。次に、溶出画分を二次元電気泳動に供し、EF-1γ結合因子を分離させた。その結果、得られたスポットの中にはL30に相当するスポットが認められなかった。この結果もEF-1γとL30の結合が偽陽性であった可能性を示唆している。ただし、EF-1γのスポットも微小なことから、結論を出すにはさらなる解析が必要であると考えている。また、本実験では新たにEF-1γ相互作用因子の候補が得られており、現在それらの同定を進めている。
−研究背景−
リンゴは比較的寒冷な地域での栽培に適していることから、北東北地方はリンゴの主要生産地になっている。岩手県も産地のひとつで、「ふじ」「さんさ」等の日本を代表する有用品種が作出されているが、嗜好の多様化に対応するためにさらなる品種改良が望まれている。しかし、バラ科の木本植物であるリンゴは苗の状態から実をつけるまでに10年以上の期間を要し、有用品種の選定に多大な労力と時間がかかっているのが現状である。そこで、本研究ではリンゴの花成(結実)期間を人為的に制御する礎を築くことを目的に、シロイヌナズナで同定されている花成関連遺伝子のリンゴにおけるホモログを単離し、それらの機能解析を行っている。
−方法および結果と考察−
<花成時期に関与する遺伝子のホモログの単離>
リンゴ(品種…フジ)の花の器官からmRNAを抽出し、cDNAライブラリーを作成した。その後、シロイヌナズナで報告されている花成関連遺伝子のうちEMF2、FT、SOC1、CO、TFL、FLC、FRI、VRN5、VIN3をプローブとしてプラークハイブリダイゼーションを行い、リンゴにおける各遺伝子のホモログ単離を試みた。その結果、EMF2を2種類、FTを1種類、SOC1を2種類、COを2種類、TFL2を1種類単離することに成功した。FLC、FRI、VRN5、VIN3等の春化関連遺伝子に関してはホモログの単離には至らなかったが、これはリンゴが春化非要求性の植物であるためと考えられる。今後は、シロイヌナズナの研究で得られている知見をもとに、単離したクローンの機能解析を順次行っていく予定である。
<EMF2の機能解析>
シロイヌナズナではEMF2が欠損すると花成が促進されるという現象が報告されている。このことからEMF2は花成に抑制的に働いている可能性があり、研究目的を達成するには非常に有用な遺伝子であると期待される。よって、最初に単離したリンゴEMF2クローンを用いて詳細な解析を行なうこととした。
まず、単離した2種類のEMF2以外にもEMF2のホモログがリンゴに存在するか否かを確認するためサザン解析を行った。リンゴ(品種…フジ)の葉からゲノムを抽出し、制限酵素HindV、EcoRT、XbaTでそれぞれ処理したサンプルを用いて解析した。その結果、濃淡の異なる複数のバンドが得られ、リンゴには単離したクローン以外にもEMF2のホモログが存在すると考えられる。
次に、リンゴにおいてもEMF2が欠損すると花成が早まることを確認するためにRNAi法による形質転換リンゴの作成を試みた。現在、EMF2 Type1のC末端側約300bpを連結したプラスミドを構築し、リンゴへの導入準備を整えている最中である。さらに、シロイヌナズナのEMF2ミュータントに単離したリンゴのEMF2を導入し、機能相補できるか否かの実験も行っている。
また、EMF2の発現を詳細に解析するためにEMF2のプロモーター領域の単離同定を試みている。現在、作成したゲノムライブラリーよりEMF2のゲノミッククローンを12種類単離しており、解析を進めている最中である。