寒冷バイオシステム研究センター | ||||||||||||||
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>第2回>講演要旨 | [ プログラム | 写真集 ] |
研究領域: 細胞が2つに分裂する過程で遺伝子の機能が維持されたり変化したりする仕組みを研究する。
現在の研究状況: 以下の3つの研究を行っている
(1)遺伝子複製機構の研究
細胞の増殖では、細胞分裂に先立って遺伝子複製(コピーをつくる)が起こる。しかし、正確に複製され、娘細胞に受け継がれた遺伝子の機能は同じように維持される場合
もあれば変化する場合もある。この維持・変化の機構は細胞分化の過程や細胞の記憶などで働いている。この機構には遺伝子のクロマチン構造、修飾(メチル化)、核内配置
(核マトリクスなどの核内構造体との結合)が関わっており、さらにこれらの制御は、遺伝子複製の時間的、位置的制御(いつ、染色体のどこからはじまるか)も関わっている。
このような視点から、遺伝子複製、とくにその開始の機構をイネおよびラットを用いて解析している。
A.植物(イネ)
イネの複製開始機構を解析するために、核遺伝子および葉緑体遺伝子の複製開始領域の同定を進めている。核遺伝子の複製開始領域についてはこれまでほとんど報告がな
く、複製制御の研究も進んでいない。種々の環境下での細胞増殖を理解する上で重要な問題である。一方、オルガネラ遺伝子も細胞機能に不可欠である。この遺伝子がどの
ように複製するか、細胞内コピー数はどのように決められているのか、は細胞機能を理解する上で重要な問題である。これらの問題をイネ葉緑体遺伝子について解析してい
る。
B.動物(ラット)
DNA複製開始は細胞分裂制御の重要なステップである。我々はラットのアルドラーゼB遺伝子(AldB)の転写プロモーターは複製開始領域としても機能していることを明
らかにした。この領域からの複製はAldBの転写が不活化した細胞でおこり、AldBを発現する細胞ではおこらないので、複製開始と転写を連絡する機構を解析するのに都合が
良い。この開始領域に作用する因子の解析および染色体レベルでの開始領域の位置的変化と転写パターンの相関について解析を行ない、細胞複製制御と遺伝子発現制御を連
絡する機構を知り、発生過程での細胞増殖と分化を包括制御する仕組みを考えようとしている。
(3)リンドウ越冬芽形成に関わる遺伝子とその作用機構に関す研究
(客員教授日影孝志氏との共同研究)
本シンポジウムで報告予定であるので、日影氏の要旨を参照してください。
リンドウのF1育種を計画した場合、エゾリンドウ(Gentiana triflora var. japonica)やエゾオヤマリンドウ(F. montana)は、挿し木等による 繁殖が極めて困難であるため、その親株の選抜と維持が重要な課題となっている。挿し木等による繁殖が困難である理由は、挿し穂の発根は可能なのだが、越冬芽が形成さ れないために、枯死してしまうからである。
そこで、エゾリンドウの越冬芽形成に関する研究は品種育成には必要不可欠のものであるが、意外なことに現在までの研究は少ない。その理由の一つとして、ササリンド ウ(Gentiana scabra)は越冬芽形成が容易であり、エゾリンドウとの交配も可能であるから、交配育種によりエゾリンドウに越冬芽形成能を付与できることがあげ られる。ところが、近年エゾリンドウとササリンドウとの交雑種が栄養系として品種登録されているものの、早生種の品種がなかなかできないことに加えて、越冬芽形成能 力のさらなる向上が課題になってきている。栄養系品種であれば、越冬芽形成率も100%に近いものが求められるため、リンドウの越冬芽形成のメカニズムに関する研究は 逆にますます重要になってきたわけである。私たちは、リンドウの越冬芽形成のメカニズムを解明するため、芽の形態的変化に注目して、次のような実験系を考えた。
1.液体振とう培養により、組織培養中のリンドウ苗の「側芽」を伸長させる。2.「側芽」を10〜15℃の低温条件下で育てる。これにより、品種や系統によっては、「越冬芽」が形成される。
3.2の培養で発根した植物体を、2℃暗黒下で2ヶ月低温処理する。4.最低気温10℃に設定された温室で順化育成する。「越冬芽」の形成された植物体は低温処理により越冬芽の先端の芽が節間伸長し、「花茎芽」に転換する。
越冬芽から花茎芽への質的転換にはさまざまなメカニズムが関わっていると考えられるが、私達は今回DNAのメチル化に焦点を当てることにした。MS-RDA法により越冬芽 または花茎芽で特異的にメチル化されていると思われる断片が得られたので報告したい。また、「側芽」から「越冬芽」が形成される過程について、形態形成の観点から新たな知見が得られたので報告したい。
動植物のゲノムDNA含量は細菌、酵母などとは比較にならないほど巨大であるが、細胞分裂の度に正確にDNAが複製され分配される。しかしながら、ゲノムDNA上のどのよ
うな部分から複製が開始されるかについては明らかではない。
複製開始点の選択は遺伝子発現に影響をあたえ、細胞の分化、運命決定を左右している可能性が考えられる。また、複製開始点が変化することにより、環境の変化などに
生物が対応している可能性も考えられる。
本研究分野では動植物における複製開始点の選択がどのような分子機構によりおこなわれているかについて明らかにし、さらに、動植物の細胞分化過程や環境の変化等に
より、複製開始点がどのように変化しているかどうかについて注目して研究をつづけている。
(2) イネのクロロプラストDNAの複製開始点の解析
原色素体(プロプラスチド)は植物細胞の種類、分化に従ってクロロプラスト、アミロプラスト、クロモプラストに分化することができる。原色素体中には環状のプロスチ
ドゲノムDNAが存在し、そのコピー数の増減、遺伝子発現の変化などが原色素体の分化に関わっていると考えられている。しかしながら、プラスチドゲノムDNAの複製機構に
ついての分子生物学的解析はほとんど行われていない。そこで我々はゲノムDNAの2次元電気泳動法を用いてイネのクロロプラストDNAの複製開始領域について解析を行った。
江尻 愼一郎
寒冷シグナル応答研究分野 教授
II.本分野の主要研究課題と成果
(1)低温春化機構の解明
低温春化処理により、オオムギの茎頂分裂組織で特異的に発現あるいは抑制される遺伝子を数百種類同定し、春化との関連性を追求している。その中には、ヒストンH1の
ように、春化の時期に呼応して発現する遺伝子が含まれており、新規のヒストンH1遺伝子の単離にも成功した。
(3)ペプチド鎖伸長因子1(EF-1)の超多機能性:寒冷応答を中心に
我々は、EF-1が4種類のサブユニット(EF-1αββ'γ)を有し、EF-1αはアミノアシル-tRNAをリボソームに結合させる因子であり、EF-1ββ'γ(βおよびβ')は不活
性型のEF-1α・GDPから活性型のEF-1α・GTPを再生し、EF-1γはglutathione S-transferase活性を有することを明らかしてきた。
最近、EF-1αはタンパク質生合成以外に、細胞のガン化、アポトーシス、細胞骨格の制御、寒冷応答等と関連するなど、超多機能性を有することが明らかになってきた。
これらのことから、オワンクラゲの発光タンパク質(GFP)とEF-1との融合タンパク質を、タバコBY-2細胞で発現し、細胞内の局在性および環境(低温)応答等を解析した。
その結果、EF-1αおよびEF-1γは、間期の細胞では、細胞質のアクチンフィラメント上に、分裂期には紡錘体上に存在することが明らかになった。さらに、アクチンフィ
ラメントが染色体の分離に関与するものと推定される全く予想外の結果が得られた。また、形質転換細胞を低温(0℃)で数十分処理すると、GFP-EF-1サブユニット(αお
よびγ)の繊維状の構造およびアクチンフィラメントが消失し、グルコース存在下での保温で回復し、ATP合成の脱共役剤(CCCP)の存在下では回復しないこと等を明らかに
した。
これらのことから、この形質転換細胞は、細胞の寒冷応答や染色体の分離過程等をリアルタイムで解析するモデル系として有用であることが明らかになった。
木藤 新一郎
寒冷シグナル応答研究分野 助教授
(1)JIP23の発現時期
春化処理したオオムギの茎頂分裂組織及びその周辺組織由来のタンパク質を二次元電気泳動法で解析した結果から、JIP23は春化(低温)処理に伴い発現低下すると推測
していたが、解析の結果、JIP23の発現は春化処理の有無に関係なく生育に伴って減少することが明らかとなった。さらに、mRNAの発現レベルで解析した結果、JIP23の発
現は発芽後10日目を境に急激に低下していくこと、そして、それは胚乳が消費され尽くす時期と一致することが明かとなった。
(3)JIP23の機能
胚盤は、胚乳からの養分(グルコース)吸収やグルコースからスクロースへの転換等、発芽時の養分供給に重要な役割を担っている組織であることから、JIP23が胚乳に
蓄えられた貯蔵物質の吸収に関与している可能性が考えられた。そこで、胚乳からの養分供給をABA処理や人為的な胚乳除去により抑制した場合に胚盤におけるJIP23の発現
がどの様に変化するのかを調べた。結果は、どちらの場合もJIP23の顕著な発現
低下が認められた。また興味深いことに、胚乳除去後の胚盤にグルコースやスクロース等の糖を与えることによって、低下していたJIP23の発現が再び上昇することが明ら
かとなった。これらの結果はJIP23が発芽時の養分吸収過程で働いている重要なタンパク質であることを強く示唆するものであった。
リンドウは岩手県にとって格別の意味合いを持っています。それは、野生リンドウを世界に先駆けて栽培化させ、いくつかの新品種を開発し、そして県産リンドウを量、 質において日本一、即ち世界一まで高めたことです。昨年のリンドウ生産額は約60億円、その内岩手県が約60%に当たる34億円を生産しました。マイナーな野生植物を改良 してこれだけの生産額を挙げたものは他に例を見ません。本日は遺伝子組換え技術を用いたリンドウの新品種作出に取り組んでいる我々の研究の一端を紹介しながら、花色 の多様化にどこまで遺伝子組換え技術が貢献できるかを考えてみます。
遺伝子組換え技術を用いて花色改変したカーネーションが1997年に商品名ムーンダスト・ライラックブルーとして販売されました。カーネーションが本来有していないア ントシアニン生合成系のフラボノイド3',5'-ヒドロキシラーゼ(F3',5'H)遺伝子とジヒドロフラボノール4-リダクターゼ(DFR)遺伝子をペチュニアから取りカーネーショ ンで発現させることに成功した世界初の実用品種です。さらに昨年から、より青みを増したムーンダスト・ディープブルーも発売されました。ライラックブルーもディープ ブルーも同じ遺伝子を導入した個体群の1つであり、それぞれ遺伝子の発現量に差異があるものと推定されています。導入遺伝子の発現量を制御する機構は解明されていま せんが、フラボノイド生合成に関わる遺伝子群の発現制御は転写レベルで協調的に行われていることが知られており、細胞質内のpHなどが何らかの重要な役割を果たしてい ると推察されます。今回は、我々が作出した白色リンドウの開発経過について、リンドウ花色素の同定、花色関連遺伝子群の単離・導入、導入遺伝子の安定化、花色関連遺伝子の発現を部位 特異的に高めるプロモーター解析などと平行して行ってきた遺伝子導入系の確立などを併せてご紹介したいと考えています。
生体機能開発研究分野は、「寒冷地生物の持つ多様な生物素材、特に寒冷適応・耐性に関与する物質の探索や、それらの生合成経路、関与する遺伝子の解明、及び、その 改変デザインに関する研究」を行うことを目的として設置された。昨年1月にスタッフが充足されて以来下述の研究を行い、設置目標の実現に向けて努力している。
1. 低温馴化過程に見られる細胞内変動の耐凍性増大に関わる分子機構の解明
2. 寒冷適応の一手段(低温回避)としての発熱機構の解析とその応用
温帯性植物には、凍結温度になっても自ら熱を発生させて低温を回避するものが存在する(低温回避)。寒冷地の湿地に生育するザゼンソウもそのような植物で、その発
熱機構を解析することは冷温や凍結感受性植物の耐性増大へ貢献できると考えられる。ザゼンソウを用いた研究(伊藤発表参照)は、発熱に関連した2つの遺伝子
(SfUCPa及びSfUCPb)の単離に成功し、温度センサーの部位の検索、及び、温度変化の閾値の解析、などを行ってきた。さらに、農水省「重点支援」プロジェ
クトとしてこれらの遺伝子を導入した形質転換イネの作成に着手した。今後、発熱に関連した分子機構の制御因子の同定を試み、発熱マシナリー応用の可能性を探っていく。
以上のように、本研究分野では低温(凍結、冷温という2つの温度領域の)適応現象を理解することにより、得られた知見を分子育種へ応用していくことを目指している。
寒冷地における作物生産を向上させるためには寒冷耐性植物をモデルとした低温適応機構を明らかにする必要がある。本研究は、岩手県を含む寒冷地に棲息する発熱植物
である「ザゼンソウ」を材料に、発熱により低温を回避できる寒冷耐性作物の分子育種を目的に企画されたものである。
ザゼンソウ(Symplocarpus foetidus)は、早春に花を咲かせるサトイモ科の植物で、その花序は雪を解かすほどの高い発熱能力を持つ。また、本植物の花序は、
氷点下を含む外気温の変動に対しても、その体温を20℃内外の一定温度に保つという特徴を有している。従って、ザゼンソウには、外気温を検知する温度センサーと気温
変動に応答して発熱レベルを調節する熱産生機構が内在していることが予想される。このような背景のもと、本研究においては、現在、・外気温センサーの検索とその制御
機構の解析、および、・熱産生の素反応に関わる分子機構について解析を進めている。
・ 花序における熱産生には動物タイプの発熱因子であるuncoupling protein (ucp) が関与している。
哺乳動物においては、褐色脂肪細胞における脱共役タンパク質(ucp)の働きで熱を産生していることが知られているが、ザゼンソウを含む発熱植物における動物タイプの
ucpの関与についてはこれまで全く検討されていなかった。本研究においては、ザゼンソウの発熱部位である花序で特異的に発現している2種類の新規ucp関連遺伝
子(SfUCPa & SfUCPb)の単離に成功し1,2、出芽酵母を用いた機能解析により、これらの遺伝子産物が脱共役能を持つことを明らかにした。
1. Ito, K. (1999) Plant Sci. 149: 167-173.
2. 伊藤菊一(1999) 化学物質特許(特願平11-167439).
イネの発芽・伸長時における冷温傷害耐性に、活性酸素除去系酵素のカタラーゼ(CAT)が深く関与している。一方、コムギは低温下(5℃)においても発芽・伸長し、 またCAT活性が低温処理(5℃/7日間)によってもほとんど影響を受けないことなどを見いだしている。このような結果に基づき、イネ冷温耐性へのCATの効果を調べるた め、コムギCAT遺伝子を導入・発現させたイネ形質転換体を作成したことを昨年の第1回CRCシンポジウムで報告した。
こうして作成された形質転換体では、コムギCATが植物体の全細胞中で発現しており、形質転換体葉のCAT活性(25℃)が、非形質転換体に比べて、最大4.5倍に増加して いた。それに加え、コムギCATの発現と活性の増加は自殖後代の形質転換体においても確認された。非形質転換体葉のCAT活性は温度の低下に伴い著しく低下するのに対して、 形質転換体ではコムギと同様に活性低下が少なく、5℃での形質転換体のCAT活性は非形質転換体の最大約15倍という非常に高い値を示した。また、他の活性酸素除去系酵 素であるスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)やアスコルビン酸酸化酵素(APX)活性はCATの過剰発現によっても、ほとんど影響を受けなかった。これらのイネを5℃で 低温処理(10〜14日間)した後25℃に戻し、植物体への低温の影響を調査したところ、非形質転換体においては葉が巻いて褐変したり、また、枯死する植物体が見いだされ るなど著しい傷害が起きたが、形質転換体においては、そのような冷温傷害は押さえられていることが確認された。さらに、冷温傷害は、植物体の根の部分のみを冷やすこ と(地上部は室温)によっても現れ、そのような条件下においても形質転換体の方が野生型に比べて傷害程度が低かった。今後、細胞内の過酸化水素量や、過酸化物(主に脂質成分)の直接的な定量を行うと同時に、光合成や呼吸能において形質転換体と野生型の間に差があるかなどの実験を 行う予定である。また、同時に細胞内のCAT活性の細胞内分布を調べ、どの部位でCATが働いているのか、その結果どの様なことが起こっているのか、などを調べていく予定 にしている。