寒冷バイオシステム研究センター
概要 アクセス 職員 学生
研究業績 発行物 イベント情報 担当講義科目
掲示板 サイトマップ リンク お問い合わせ

シンポジウム
>第4回>講演要旨 [ プログラム | 写真集 ]

各演者に進む[ 伊藤 | 江尻 | | 岡田 | 佐藤


世界の発熱植物の探索:オーストラリアに自生する発熱植物の解析

[伊藤 菊一氏の写真] 伊藤 菊一
岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター 生体機能開発研究分野

 一般に植物は外気温とともにその体温が変動するが、ある種の植物には自ら発熱し、体温を上昇させる能力を持つものがある。例えば、我が国に自生しているザゼンソウ は、外気温度が氷点下にまで低下してもその発熱部位を20℃程度に保つことが知られている。このような発熱植物には、熱産生に関係する遺伝子などが存在していることが 予想されるが、今のところ、発熱植物自体がそれほどポピュラーではないことから、植物の発熱に関わる研究はまだ広範囲には行われていない状況にある。今回は、ザゼン ソウ以外の発熱植物の熱産生特性を明らかにするため、オーストラリアに自生している各種発熱植物の調査を行った。本シンポジウムでは、これらの植物の基本的な発熱現 象について、ザゼンソウと比較しながら概説したい。なお、本研究は、生物系特定産業技術研究推進機構(生研機構)の研究プロジェクトの一環として行われたものである。

▲page top

タンパク質生合成系をめぐる環境応答

[江尻愼一郎氏の写真] 江尻愼一郎
岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター 寒冷シグナル応答研究分野

 タンパク質生合成は広義には遺伝子発現系全体を、狭義には翻訳段階をいう。演者は後者について、主として、ペプチド鎖伸長因子EF-1の構造と機能の解明にとりくみ、 動植物のEF-1が4種類のサブユニット(EF-1αββ'γ)より構成され、EF-1αはaa-tRNAをリボソームに結合させた因子であり、EF-1ββ'γ(EF-1βおよびEF-1β')は結 合反応によりリボソームから遊離した不活性型のEF-1α・GDPを活性型のEF-1α・GTPに変換するGDP/GTP交換反応促進因子であること、発見以来30年以上も機能が不明であっ たEF-1γはglutathione S-transferase活性を有すること等を明らかにしてきた。
 しかるに近年、EF-1の各サブユニットは、タンパク質生合成(正業)以外に、細胞骨格の制御、アポトーシス、細胞のがん化(発がん遺伝子)、成人性アトピー症、ウイ ルス複製の制御、細胞核機能の制御、環境応答等、大変多様な生命現象の制御等にかかわる副業(?)タンパク質(moonlighting protein)であることが明らかにされつつ ある(S.Ejiri: Biosci. Biothecnol. Biochem., 66, 1-21, 2002)。
 本公演では、EF-1の構造と機能をムーンライト機能を中心に概観するとともに、EF-1およびトランスロケーションに関与するEF-2について、寒冷応答を中心に、環境応答 への関与など、広義のタンパク質合成系を含め、研究の現状を総括し、将来を展望する。

▲page top

リンドウの越冬芽で働くタンパク質の解析

[堤 賢一氏の写真] 堤 賢一
岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター 細胞複製研究分野

 エゾリンドウ(Gentiana triflora var. japonica)の切花品種は、主にF1品種が利用されている。しかし、このF1品種の親は自殖弱勢が強く、また、越冬芽 形成の困難なものが多い。そのため、親株の維持増殖が大きな課題となっている。また、挿し木で増やす栄養系品種は越冬芽の形成が困難なためまだ育成されていないのが 現状である。さらに越冬芽形成の困難な種との交配品種においては、越冬芽形成能力の向上が育種目標として重要になってきている。
 このような背景から、我々の研究分野では、越冬芽の形成や維持、機能に関わるタンパク質、遺伝子の同定を進めている。越冬芽は、夏から秋に形成され、冬を越して春 に発芽、生長する。したがって、このような越冬芽の研究は、耐寒冷性や、細胞・組織の生長抑制や細胞分裂抑制(休眠)のしくみの解明にもつながるものと考えている。
 現在、リンドウ各組織の総タンパク質を2次元電気泳動で分離し、比較している。その結果、これまでに、越冬芽特異的あるいは越冬芽で比較的多く発現しているタンパ ク質の部分アミノ酸配列を10数個決定した。これらのタンパク質について報告し、考察したい。

▲page top

CO2濃度上昇によるイネ・水田の変化を探る:雫石FACE実験

[岡田 益己氏の写真] 岡田 益己
東北農業研究センター

 IPCCIII(2001年4月)の報告によると、2100年までに、大気CO2濃度が540〜970ppm、温度が1.4〜5.8℃上昇する。これに伴い、降水量 の変動、海面上昇等、地球規模の気候変動が危惧されている。とくにCO2濃度上昇は、これら気候変動の主因であるだけでなく、 CO2を糧とする植物への影響が非常に大きい。植物界が変化することで、それを糧とする動物界にも影響が及び、生態系さらには地球規模 の気候への作用が、循環的に拡大する。

[FACE実験]
 FACE(Free-Air CO2 Enrichment)のアイデアは、1990年初頭に米国で提唱され(起源はさらに古いが)、実現に至った。 CO2に対する植物の反応を温室やチャンバーで調べるのは容易だが、その結果は個体レベルの反応であり、群落あるいは生態系レベルでも 同じ結果となるか定かではない。また、温室やチャンバー実験では、環境要素のバランスが屋外に比べてシフトする(chamber effect)ので、データ解析上のノイズも大き い。
 現在、世界20数カ所でFACE実験が実施されている。その対象は、森林、農耕地、草地等、またその目的も、植生の気候影響、食料生産予測等、幅広い。雫石FACEは、世界 で初めて水田に実現したFACE実験で、コメを主食とするアジアの食料生産と水田生態系の変化を探る。2001年には、中国江蘇省のイネ-コムギ二毛作地帯でも実験を開始し、 気候・栽培条件の違いを利用した共同研究を実施している。

[雫石FACEの特徴]
 これまでのFACE装置は、希釈CO2を送風機で試験区に放出していた。この結果、人工的な送風が、試験区内の風場を乱すartifactが問題 とされた。雫石FACEでは、送風機を使わずに純CO2を風の流れに任せて放出する方式を開発し、artifactの軽減と大幅な装置の軽量化を実 現した。また研究機関が管理する実験圃場ではなく、農家が実際に管理する圃場を利用した初めての試みでもある。

[Rice FACEプロジェクト]
 1998-2000の3年間、雫石実験場に約20研究グループが参画した。以下、主な成果。
  現在よりも200ppm高いCO2濃度下で、
1)イネの収量は、5-15%増える
2)増収程度は、窒素施肥量が多いほど大きい
3)増収要因は、穂数・籾数の増加で、籾が大きくなるのではない
4)コメに含まれるタンパク含量が低下し、粘りや硬さが増す(食味が良くなる?)
5)植物体のケイ酸含量が低下するため、いもち病にかかりやすくなる(?)
6)分げつが増えて株もとが込み合うので、紋枯れ病が増える
7)分げつが増えて茎も太くなるため、倒伏しにくくなる
8)土壌表層で、微生物のバイオマスの増加と窒素の無機化が顕著になる
9)ウキクサが増える

[今後の課題]
 農業から見た最大の課題は、高濃度CO2環境に適応可能な技術開発。例えば、a)CO2の光合成促進作 用を収量に結びつけられる品種・栽培法、b)病害虫・雑草対策等々。

▲page top

CO2フィールドからのイネ遺伝子資源の探索

[佐藤 雅志氏の写真] 佐藤 雅志
東北大学大学院生命科学研究科

 今日、世界のイネ生産量の約70%は灌漑施設の整った水田で生産されている。この灌漑水田で栽培されているイネ(Oryza sativa)の多くは、収量の多い改良 系統である。一方、2000メートルを越える山の斜面から河口デルタ地帯の水深数メートルにも達する沼地まで栽培に適さない様々な環境下においても、在来系統が栽培 されてきた。さらに、熱帯地域の水田脇の堀、沼、山の傾斜面、木漏れ日だけが届く林の中など様々な環境下に、Oryza属に属する栽培イネの近縁野生種すなわち野 生イネが自生している。近縁野生種は世界で約20種、インドシナ地域には6種類が確認されている。在来イネ系統や野生イネは、他の生物種同様に絶滅が危惧れている。 私は1989年から、「熱帯アジア地域における野生および栽培イネに関する遺伝資源調査」に参加しインドシナ地域のイネを中心に調査してきた。このシンポジウムでは、 イネ遺伝資源の調査におけるフィールドでの観察により、まだ知られていない形質を抽出・評価し、その形質を支配している遺伝子の検出を試みるにいたる研究過程を紹介 する。

 在来イネ系統は、1)灌漑設備により水量が調節された水田で栽培されている水稲だけでなく、2)ベンガル等の水深2,3メートルを超えるデルタ地域で栽培されてき た浮きイネ、3)水深1,2メートルの水田地域で栽培されてきた深水イネ、4)谷沿いの傾斜面などに畦を作り降水をためた水田すなわち天水田で栽培されてきた水稲、 5)北ラオスなどの山間地にみられる畦がなく雨水をためることができない山の傾斜面に栽培されてきた陸稲と、様々な水環境下で栽培されてきた。一方、近縁野生種とし ては、年間をとして枯れ上がることのない堀や湖沼に自生している栽培イネと同じAAゲノムのO. rufipogon、および水田の水路など乾期には枯れ上がる所に自生し ているAAゲノムのO. nivaraがある。また、湿潤な林床にはCCゲノムのO. officinalisや、ゲノム型がまだ分からないO. ridlyiが、山間地の林床には、 O. granulataO. meyerianaが自生している。

 栽培イネでは、水深の上昇に伴う浮きイネの節間伸長性、出穂性、脱粒性などの計質は広く知られており、多くの研究がこれまでなされ、関係する遺伝子が単離されてい る形質もある。しかし、野生イネや在来イネ系統には、知られていないまたは研究が進んでいない形質がある。我々は、野生イネの組織に内生している窒素固定能を持った 細菌すなわち窒素固定エンドファイティック細菌を単離し、その感染経路、宿主特異性および窒素固定能の発現などに関して研究を進めている。サトウキビでは、植物への エンドファイティック細菌の窒素養分供給寄与率は数10%にも達するとの報告があり、イネエンドファイティック細菌の寄与率についても興味深い。次に、熱帯地域の山 間部の焼き畑で栽培されている陸稲は、傾斜地で栽培されているにもかかわらず大きな穂を付けるが倒れない。株元を掘って山砂にかくれた根系を観察すると、水田で栽培 されている水稲とは異なり、地表面近くに太い冠根が張りめぐっていることが分かる。イネの根系形態はムギやトウモロコシに比較して種内変異が大きいと言われているの にも関わらず、その形質を支配している遺伝子が多いため、土圏環境が多様であるため、そして調査が困難な形質であるため、根系形態を支配している遺伝背景に関する研 究が進んでいない。しかし、分子マーカー、ゲノム情報の利用は、多くの遺伝子が関与し環境の影響を受ける量的形質(QTL: Quantitative trait loci)に関しても遺伝解 析を可能にしている。量的形質に関する遺伝解析の例を紹介し、フィールドから見出された形質と遺伝子を結びつける試みをお話しする。

▲page top