寒冷バイオシステム研究センター | ||||||||||||||
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>第6回>講演要旨 | [ プログラム ] |
1.背景
鉄は人間にとって必須のミネラルであり、鉄の不足は,貧血などの栄養上の深刻な問題を引き起こす。幾つかの作物、例えば、ホウレンソウや豆類では、鉄含有量が高いことが知られている。しかし、それらの植物は蓚酸や燐酸複合体等の人間の鉄吸収を阻害する物質を含んでいる。一方、水耕溶液や土壌中の鉄濃度を上げることにより植物の鉄含有量を増加をさせる試みもなされている。しかし、それらの方法は、植物の特定の組織にのみ鉄分を蓄積させることは難しく、コストについても問題が残る。従って、生物学的に吸収されやすい形態を持つ鉄を多く含有する作物を作出するには、分子育種による方法が有用であると考えられる。
2.目的
我々は、上記の問題を解決するために鉄貯蔵タンパク質フェリチンに着目した。フェリチンは広く生物界に存在するたんぱく質であり、袋状の構造をとり、その中に最大4500の鉄原子を蓄積できる。遺伝子工学的に植物の鉄含有量の向上を考える場合、生体の他の機能に対して悪影響を及ぼさないように留意せねばならない。この問題はシンクとしての機能を持つ貯蔵分子を改良することで回避できる。すなわち植物体中のフェリチン含有量を高めることで、フェレドキシン等の機能分子に影響を与えることなく、鉄含有量だけを向上できると考えられたからである。
本研究は、フェリチン遺伝子を用いることによる高鉄含有植物の作出の可能性を示すことを目的としておこなった。
3.結果
最初に、タバコへダイズのフェリチン遺伝子を導入し、その発現によって鉄含有量が高められることが確かめられた。
次にタバコと同じ双子葉植物であり食用植物であるレタスへフェリチン遺伝子を導入し、フェリチン遺伝子の発現による他の一般形質への影響を検討した。その結果、鉄含有量の増加(最大1.7倍)以外に生長量の増加が認められた。しかし、外見上は問題となるような形質の発現はなく、商品価値を維持していた。
最後に、日本人にとって最重要穀物であり、世界人口の5割が主食としているイネに、種子貯蔵タンパク質グルテリンのプロモーター(GluB-1)で制御されるフェリチン遺伝子を導入した。その結果、フェリチンの胚乳への局在が、免疫組織染色により明らかになった。そして、形質転換体の米における鉄含有量はコントロールと比較して最大3倍程度となった。しかし、葉、茎、根においては両者の鉄含有量には差がなかった。また、米中の鉄分は、フェリチンの分布と一致しており、胚ではなく胚乳に特異的に蓄積されていた。
4.結論
以上の研究によって、フェリチン遺伝子導入植物では、双子葉と単子葉に関係なく鉄の含有量が増加すること、また、プロモーターを選択することで組織特異的にフェリチン遺伝子を発現させ、目的の組織にのみ鉄を蓄積できることが示された。さらに、フェリチン遺伝子を恒常的に発現させると旺盛な生育を示すことがわかった。これらの知見は、フェリチン遺伝子による、高鉄含有量作物の分子育種だけでなく、生長の早い植物を作出する可能性を明らかにしたといえる。
1.はじめに
土壌汚染対策法の施行により、調査件数は増加し、基準超過事例もまた増加している。平成14年度の環境省の調査結果によれば、これまでに実施された重金属汚染土壌の対策技術の主要なものは、掘削、搬出、場外処分であるが、浄化費用が高額となること、輸送に伴うエネルギー消費量が大きいことなどの問題がある。
本講演では低コスト・低環境負荷の技術として期待されている植物による浄化技術(以下、ファイトレメディエーション)の現状と課題を、筆者らの取り組みを中心として紹介したい。
2.重金属汚染土壌を対象としたファイトレメディエーション
土壌中の汚染物質を植物に吸収・蓄積させることにより、土壌を浄化する手法をファイトエキストラクションという。その効率を高めるためには、植物体中の重金属濃度が高いほど、そして植物体生産量が大きいほど好ましいことになる。
2.1 鉛汚染土壌のファイトレメディエーション
鉛は、重金属類中でヒ素に次いで汚染超過率が高い。鉛の高集積植物も報告されているが、その多くは、栽培が困難でバイオマス生産量が小さいため、そのままでは活用できない。
筆者らは、屋外において実汚染土壌を対象としてヒマワリ、カラシナを使用し、EDTA、クエン酸による吸収促進を実施したところ、2,000mg/kgに及ぶ高い吸収量を得た。
2.2 ヒ素汚染土壌のファイトレメディエーション
重金属類の中で、ヒ素は最も超過率の高い物質である。Maらは、モエジマシダがヒ素に対して特異的に高い吸収・蓄積能力をもつことを発見した。
筆者らは、様々な由来の実汚染土壌を用いて、室内ならびに屋外試験を実施している。実汚染土壌を用いた栽培試験の結果、最大20,000mg/kgものヒ素を蓄積することを確認した。また、200m3規模のフィールド試験の結果においても、半年間の栽培期間で土壌中のヒ素の溶出量値を顕著に低下させることが可能であることを確認した。
2.3 カドミウム汚染土壌のファイトレメディエーション
農用地におけるカドミウム汚染は古くて新しい問題である。その解決策の一つとしてファイトレメディエーションが積極的に研究され、フィールド試験も実施されている。
筆者らは、鉱山跡地に自生するカドミウム高集積植物を探索し、ハクサンハタザオが252mg/kgのカドミウムを蓄積する能力があることを確認した。現在フィールドにおける吸収能力、バイオマス生産能力の評価試験を実施している。
3. 課題
重金属汚染土壌のファイトレメディエーションをわが国において定着させるためには、以下の課題の克服が必要となる。
1) 浄化能力の向上(吸収・蓄積量、バイオマス生産量の向上)
2) 浄化効果予測技術の確立(土壌中重金属のavailabilityと浄化効果)
3) 栽培技術の確立(安定した浄化能力を発揮させるための栽培法)
4) 収穫した汚染物質蓄積植物の処理技術の確立(安全な処理・処分、資源化)
4. おわりに
ファイトレメディエーションの最大の欠点は浄化速度が小さいことであった。「新規高集積植物の発見」あるいは「新規組換え体植物の創出」によって、浄化速度が現在の10倍のオーダーになれば、十分実用に耐えるものと考え、筆者らは本技術の開発に取り組んでいる。
近年、日本の食糧自給率が著しく低下していることや、ポスト・ハーベストの問題等の理由から、国産小麦粉を使用したパンやラーメンに対する消費者の需要が急増している。しかしパンやラーメンに適した強力粉用の国内産硬質小麦は、穂発芽被害などにより生産量が少なく、需要のほとんどを輸入に頼っている。そのため、北海道で主に生産されているホクシン(うどん用、中力粉)と超強力小麦粉をブレンドした小麦粉を生産・利用するために、小麦粉タンパク質の解析を行ない、得られた情報を、小麦粉の製粉・ブレンド技術や、インスタントラーメン作製技術の確立のため応用した。
小麦種子はロール機により数十種類もの小麦粉(上がり粉と呼ばれる)に粉砕される。次に、それら上がり粉をブレンドしてパンやラーメンに適した小麦粉を作製する。そのため、パンやラーメンに適した高価格の上がり粉をより多量に得るように製粉を調製している。小麦粉の性質は含まれるタンパク質の質と量によって大きな影響を受けるが、上がり粉中でのタンパク質に関する解析はほとんどなされていない。
北海道農研センターで育成されている超強力小麦勝系33号は、パン製品の質を向上させる特異的高分子量グルテニンタンパク質(HMW-GS 5+10)と低分子量グルテニンタンパク質 (LMW-GS KS2)を含んでいる。それらHMW-GS 5+10とLMW-GS KS2の量は、それぞれの上がり粉により異なることを明らかにした。次に、これらタンパク質量と、上がり粉の生地物性との関係を、SDSセディメンテーション値、ミキシング試験のピークタイム値、およびエンベロープエリア値との相関を測定することにより調査した。その結果、各上がり粉中のそれら特異的グルテニンタンパク質の量と、それぞれの値の間に有意な相関を見いだした。しかし、上がり粉中の総タンパク量との相関は見られなかった。以上の結果から、上がり粉中のそれら特異的グルテニンタンパク質の量が生地物性を向上させるために非常に重要であることが明らかになった。
上がり粉はそれぞれの特性、主に色やタンパク質含量から1〜4等粉に分類され、使用目的に応じて使いわけている。ラーメンなどの麺製品には1等粉、パン製品には1,2等粉、またはそれらをブレンドしたものが使用されている。3等粉はかりんとうやソバのつなぎに、また、4等粉は家畜の飼料などに使われている。したがって、価格の高い1等粉や2等粉をいかに多量に製粉するかが重要である。今回得られた各上がり粉中の特異的タンパク質含量に関するデータを用いることにより、1,2等の小麦粉をより多く得ることが可能になった。
さらに、勝系33号の2等粉にはそれら特異的グルテニンタンパク質が多量に存在することが判明した。このことから、勝系33号の2等粉とホクシンをブレンドしてインスタントラーメンに適した小麦粉の作製が可能かを検討した。インスタントラーメン用特別粉(東洋水産株式会社)、勝系33号の1等粉、2等粉、ホクシンの小麦粉、さらに勝系33号とホクシンをブレンドした小麦粉(重量比、1:1)を用いて、それぞれインスタントラーメン用の麺を作製し、官能試験を行った。その結果、超強力粉2等粉をホクシンとブレンドすることにより、麺の性質(麺の固さ、滑らかさ、弾力性など)が著しく向上し、インスタントラーメン用の麺の性質に近づくことが明らかになった。これらのことにより、北海道産小麦の新たな利用が可能になった。
本研究は生研センターの「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」によるものである。またこの研究は北海道大学農学研究科、(独)北海道農研センター麦育種研究室、同品質制御研究チーム、江別製粉(株)、東洋水産(株)のプロジェクト研究として進められた。
花巻に生まれた宮沢賢治は、岩手県をドリームランドとして「イーハトーブ」と呼びました。そして、「そこでは、あらゆることが可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し大循環の風を従えて北に旅することもあれば、赤い花杯の下を行く蟻と語ることもできる。罪やかなしみでさえそこでは聖くきれいにかがやいている。」と、童話集「注文の多い料理店」新刊案内の広告チラシに書かれています。
宮沢賢治はイーハトーブをこよなく愛し、イーハトーブの自然から珠玉の名作を次々と生み出していきました。作品の中には、熊やキツネ、タヌキなどの動物から、カタクリやオキナグサなど多くの植物、透き通った水の底から見た沢ガニやヤマメなどの水生生物、フクロウやカッコウ、ヒバリなどの鳥、他にも星や岩石、鉱物、岩手山や早池峰山まで、ありとあらゆるイーハトーブの自然が踊るように生き生きと描かれています。そして、これらの作品は賢治没後70年が過ぎても色あせることが無く、ますます輝き続けています。しかし今、宮沢賢治が愛したイーハトーブの自然は輝きを失い続けています。奥深いブナの森は無くなり、すきとおった水の流れは汚れて沢ガニやカワセミは、いつのまにか消えてしまいました。どこにでもあったオキナグサが野原から消え、種まきの時期を教えてくれたカッコウの声も、フクロウの声も聞こえなくなってきています。
野原や森を切り開いて大きな道路が出来、車がびゅんびゅん走っています。運転する人には傍らに咲くかわいらしい花は見えず、美しく歌う鳥の声も聞こえてきません。そして、そこで暮らしていた動物たちは次々と交通事故に遭い数を激減させています。
今、宮沢賢治が愛したイーハトーブの自然はいったいどこにあるのでしょうか。私たちの目も心も曇ってしまったのでしょうか。宮沢賢治の作品の中に「みな兄弟なのだから」という言葉があります。私たちは多くの兄弟達を絶滅させ、さらに加速させようとしています。多くの人々が、イーハトーブの自然を理解し感じ大切に出来るなら、宮沢賢治が愛したイーハトーブの自然は輝きを取り戻し、二度と曇ることが無くなると信じています。
タンパク質の生合成とその制御機構を解明することは、分子生物学の最も基本的な課題の一つであるばかりではなく、バイオテクノロジーにおける物質生産、各種の疾病の原因の解明と治療法の開発などの応用研究にとっても、極めて重要な課題である。
演者らは約半世紀、核酸に記された遺伝暗号をタンパク質のアミノ酸配列に翻訳する際に中心的な役割を果たす、ペプチド鎖伸長因子EF-1(elongation factor 1)の構造と機能を追求し、動植物のEF-1が4種類の異なるサブユニット(α、β、β' およびγ)から構成され,EF-1αはアミノ酸を結合した転移RNA(アミノアシル-tRNA)をリボソームに結合させる因子であり、EF-1βおよびEF-1β' は、結合反応によりリボソームから遊離した、不活性型のEF-1α・GDPを活性型のEF-1α・GTPに変換するGDP/GTP交換反応促進因子であり、EF-1γはグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)活性を保有すること等を明らかにしてきた。
近年、EF-1の各サブユニットは、基礎および応用の様々な分野で、本業のペプチド鎖伸長反応以外に、"超多機能性タンパク質"ともいえるほど多様な副業をもつことが明らかにされつつある。すなわち、EF-1の各サブユニットの機能は、細胞のがん化、アポトーシス(細胞の自死)、ウイルス増殖の制御など、さまざまである。それらについてはBiochem.Biotech.Biosci.誌(2001)に総説としてまとめた。
今回は、酸化ストレスに対する生体防御へのEF-1の関与を中心に考察する。老化や酸化ストレスで、タンパク質中のメチオニンがメチオニンスルフォキサイド(MetS=O)に酸化されるが、各種の生物はペプチド中のMetS=Oをメチオニンに還元するMetS=O還元酵素(MSRA)を保有し、酸化ストレスを防いでいる。アルツファイマー病ではMSRAが低下していることが示されたが、酵母でEF-1γがMSRAの合成を転写レベルで促進することが明らかにされた。21番目のアミノ酸といわれるセレノシステインは、特異的なtRNAとEF-1αによりタンパク質中に取り込まれるが、セレノシステインを含むグルタチオンパーオキシダーゼの合成も、EF-1γにより転写レベルで促進される。また、リューシュマニアは、GSTに類似の tripanothione S-transferaseおよびperoxidase活性を有する原虫のEF-1ββ'γをもちい、酸化ストレスを防御するするとともに、原虫のEF-1αをもちい、一酸化窒素による宿主の攻撃を防ぎ寄生すること等も明らかにされた。これらの事実等は、EF-1の多機能性に関する総合的な研究により、生体の酸化ストレスの防御に関するネットワークシステムの解明のみならず、酸化ストレスに関連する各種の病気や原虫病に対処する突破口が開かれるものと期待される。