寒冷バイオシステム研究センター
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シンポジウム
>第3回>講演要旨 [ プログラム | 写真集 ]

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植物の耐寒性機構の複雑性:生体膜、特に細胞膜の役割

[上村 松生氏の写真] 上村 松生
岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター生体機能開発研究分野

 多くの温帯性植物は、気温の低下(と日長が短くなること)に反応して凍結に対する耐性を増大させることが知られている。この現象は低温馴化(Cold Acclimation)と 呼ばれ、数多くの様々な反応が一度に起こる非常に複雑な現象である。また、どのようにして凍結温度に耐えて冬を越すかという機構はきわめて多様であり、植物によって、 あるいは、同一植物内の組織・器官によっても異なっている。様々な研究から、凍結傷害は生体膜(特に、細胞膜:Plasma Membrane)の機能・構造が失われることによっ て発生する、ということが明らかになってきた1)。これが正しいとすると、低温馴化に関連した反応は凍結下において生体膜(細胞膜) の安定性増加に貢献して、結果的に凍結耐性を増大させていると考えることができる。本講演は、現在我々の研究室で行われている研究を中心に、低温馴化過程に起こる生 理生化学的変化と生体膜安定性増大の因果関係を中心にお話ししたい。
 生体膜の凍結下での安定性は、[I] 生体膜それ自身が持つ特徴、と、[II] 細胞質や細胞壁などの要因が与える影響によって決定されると考えられる。前者については、生 体膜の成分(脂質及びタンパク質)が低温馴化過程でどのように変動するかに注目し研究が進められてきた。脂質成分の変動については既に詳細な報告がある 2, 3) が、タンパク質成分についてはほとんで報告がない。我々の研究室では、シロイヌナズナの低温馴化過程で特異的に量的増大が見 られるタンパク質を、既に公開されているシロイヌナズナ細胞膜データベースやMALDI/TOF-MSなどを用いて同定することに成功した4)。 後者については、低温馴化過程で蓄積する適合溶質と呼ばれる一群の低分子化合物が、凍結下での生体膜安定性に大きく貢献することが提唱されている。適合溶質は、細胞 内浸透圧の上昇による凍結時の細胞内からの脱水を低減するだけではなく、脱水された際に生体膜近傍に位置して膜間の不可逆的相互作用を防止すると考えられている。我々 の研究室では、コムギを用いて適合溶質の蓄積状況を詳細に検討し、それらの生体膜安定性への影響を考察している5, 6)
 本発表で使用された未発表データは、寒冷バイオシステム研究センター生体機能開発研究分野構成員によるものであり、ここで感謝の意を表したい。また、本研究は生研 機構からの援助により行われた。

References
1) PL Steponkus. Annu Rev Plant Physiol 35:543-584, 1984;
2) M Uemura, RA Joseph, PL Steponkus. Plant Physiol 109:15-30, 1995
3) M Uemura, PL Steponkus. J Plant Res 112:245-254, 1999
4) Y Kawamura, M Uemura. Abstract of the 5th International Plant Cold Hardiness Seminar, 2001
5) 鎌田 崇. 修士論文, 岩手大学, 2001
6) T Kamata, M Uemura (in preparation).

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シロイヌナズナ完全長cDNAマイクロアレイを用いた乾燥、塩、低温ストレス条件下での発現プロファイリング

[関 原明氏の写真] 関 原明
理化学研究所筑波研究所植物分子生物学研究室

 2000年12月にシロイヌナズナの全ゲノム配列が決定されたが、いまだに多くの機能未知遺伝子がシロイヌナズナゲノム上に存在している。我々は、ポストシーケンシング 時代において完全長cDNAが遺伝子やタンパク質の機能解析を行うのに重要になると予想し、数年前よりシロイヌナズナ完全長cDNAの単離を進めてきた。これまでに、乾燥や 低温ストレス処理した植物体などを出発材料にして計19種類の完全長cDNAライブラリーを作製した1, 2)。それら作製したライブラリー より、2001年3月までに約10万個(独立した約14000個のcDNAグループからなる)の完全長cDNAクローンを単離した。
 まず、単離した約1300個の完全長cDNAクローンを含む完全長cDNAマイクロアレイを用いて解析する事により、多くの乾燥、低温誘導性遺伝子や乾燥、低温ストレス耐性に 関与する転写因子DREB1AのTarget遺伝子が同定され、cDNAマイクロアレイ解析は乾燥、低温ストレス誘導性遺伝子やストレス耐性に関与する転写因子のTarget遺伝子を調べ る有効な方法である事がわかった3)。また、完全長cDNAマイクロアレイ解析は、同定したストレス誘導性遺伝子のプロモーター配列やシ ス配列を検索する有効な方法であることも示した3)
 最近、さらに約7000個の完全長cDNAクローンを含むマイクロアレイを用いた解析により、多くの乾燥、低温、塩ストレス誘導性遺伝子を同定している。本シンポジウムで は、それら研究成果を紹介する。

References:
1) Seki, M., Carninci, P., Nishiyama, Y., Hayashizaki, Y. and Shinozaki, K. (1998) Plant J. 15: 707-720.
2) Seki, M., Narusaka, M., Yamaguchi-Shinozaki, K., Carninci, P., Kawai, J., Hayashizaki, Y. and Shinozaki, K. (2001) Plant Physiology and Biochemistry 39: 211-220.
3) Seki, M., Narusaka, M., Abe, H., Kasuga, M., Yamaguchi-Shinozaki, Carninci, P., Hayashizaki, Y. and Shinozaki, K. (2001) Plant Cell 13: 61-72.

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樹木個体呼吸から見た森林CO2収支の寒冷適応
−シベリア亜寒帯林からボルネオ熱帯降雨林−

[森 茂太氏の写真] 森 茂太
森林総研東北支所 育林グループ

 あらゆる生態系の中で、北方林生態系のカーボン貯留量は最大と推定されている。こうした北方林の中でロシアシベリアのカラマツ林は最大の面積を占めている。北欧や 北米など他の周極域北方林の優占種はトウヒなどの常緑針葉樹であり、永久凍土上に成立しない。これらと比較し、シベリアの永久凍土上の広大な落葉性のカラマツ林は特 異的な森林生態系と言える。さらに、アジアユーラシア地域ではシベリアから赤道まで連続した森林ベルト地帯が続き、固有種も多く、地球環境を考える上で重要な地域で もある。
 こうしたアジアユーラシア地域森林の樹木のCO2素収支特性を生態系レベルで考え比較するため、同一の方法を用い各地の樹木個体呼吸 を測定した。近年の研究では、森林のCO2収支特性を決める最も重要な要因は呼吸であると考えられ始めている。しかし、根を含んだ樹木 個体呼吸を、植生帯、樹種、立地条件、林齢を越え幅広く比較し、検討した研究例は無く、幹や葉など小さな器官レベルでの比較しかない。
 本研究では独自に大型樹木個体呼吸の日中暗呼吸速度を非破壊測定する閉鎖循環型の装置を開発した。内部の温度を永久凍土と焚き火の熱を利用し、パソコンでPID制御 してステップアップダウンした。また、根も地下から傷つけないように取り出し個体全体の呼吸を測定した。
 その結果、上記の植生帯(熱帯〜亜寒帯林)、樹種(シベリアカラマツ〜安比ブナ〜ボルネオ、フタバガキ科樹木)、立地条件、林齢(3年〜240年生)などの様々な条 件を越え、「樹木個体呼吸の一般法則」と考えられる結果を得た。すなわち、上記条件にかかわりなく、ある大きさ以上の個体レベルの樹木呼吸は個体表面積あたり一定で あり、かつ、ある大きさ以下では個体重量当たり一定であった。個体呼吸が上記条件によらず一定であるという結果は、これまで様々な研究で示されてきた器官スケーリン グでの呼吸の違いが個体スケーリングでは一種のノイズであることを示している。生態系の呼吸を推定するベースとしては、器官スケーリングより個体スケーリングが有効 であり、今回の結果は生態系間の比較をする上でベースとなる一般則となろう。
 本発表では、今回の結果からシベリアの永久凍土地帯に成立するカラマツ林の二酸化炭素収支を推定した。この試験地の最低気温マイナス60度、年平均気温がマイナス10 度、年降水量は約300mmである。こうした栄養塩類の乏しい永久凍土上にはカラマツ森林が成立しており、地下部へのアロケーションも高い。こうした気候条件の永久凍土 地帯のカラマツ林がCO2収支の上でどのように寒冷適応しているか、他の地域の森林生態系のCO2収支と 比較検討する。

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哺乳動物の熱産生における脂肪組織とUCPの役割

[斉藤 昌之氏の写真] 斉藤 昌之
北海道大学 大学院獣医学研究科 比較形態機能学講座

 哺乳動物には白色と褐色の2種類の脂肪組織があり、両者共に寒冷への応答に重要な役割を果たしている。即ち、寒冷刺激が加わると交感神経が活性化され、神経終末か ら放出されたノルアドレナリンによって両脂肪細胞の中性脂肪が分解され脂肪酸が遊離する。白色脂肪の脂肪酸は、細胞外に出て全身に供給され筋肉での熱産生などに利用 される。一方、褐色脂肪では脂肪酸が直ぐに酸化分解され、ミトコンドリア脱共役蛋白質UCPによって熱へと変換する。このように脂肪酸は寒冷暴露時の主要な熱源である が、更に、長鎖脂肪酸はUCPの活性化に必須であり、同時に核内受容体PPARを介してUCP遺伝子の発現を増加させる作用も持っている。本シンポジウムでは、これらに関する 研究の現状と我々の小型齧歯類での成績を紹介し、代謝的熱産生やエネルギ ー消費の自律的調節における脂肪組織とUCPの役割について考察する。

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