寒冷バイオシステム研究センター | ||||||||||||||
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>第5回>講演要旨 | [ プログラム ] |
中国に生育するリンドウ(ササリンドウあるいはトウリンドウ)の根は、古来、健胃など消化管に対する効能を持つ漢方薬成分として用いられている。
日本では主に切り花用として栽培されているが、中国種(Gentiana scabra)とは異なるもの(Gentiana triflora)が多い。
岩手県はリンドウ切り花の生産量が全国一であり、育種も盛んである。中でも安代町は、県内で最も高い生産量を誇り、海外との提携や海外出荷を行うなど積極的にリン
ドウ生産に取り組んでいる。
本研究は、その安代町からの受託研究として行っている研究であり、切り花出荷後の根の有効利用を目指したものである。
上述のようにリンドウ根は漢方薬成分として用いられてきたが、その薬効についての基礎的研究は少ない。そこで、我々は新たな薬理作用を見いだし、その作用機作を生
化学的、分子生物学的に解析することを目的としている。
本シンポジウムでは、我々がこれまでに行ったリンドウ根の熱水抽出物の薬理作用についての解析、
(1)培養細胞に対する増殖抑制、細胞死誘導効果
(2)細胞死誘導の作用機作
(3)個体レベルでのガン細胞増殖抑制効果
について紹介したい。
< 背景と目的 >
ペプチド鎖伸長因子EF-1(Elongation Factor 1)は、タンパク合成において中心的な役割を果たす因子である。真核生物のEF-1は異なる4つのサブユニッ
ト(α、β、β'、γ)から構成されており、α、β、β'に関してはタンパク合成での機能が明らかにされている。しかし、γに関してはその機能は未だ不明である。EF-1
のサブユニット構造に関しても未だ明らかにされていない。イネでは、βと83%の相同性を持つβ2サブユニットが単離されているが、この機能に関しても未だ不明である。
そこで、本研究では、EF-1サブユニット間の相互作用を解析するとともに、EF-1γの機能を明らかにするため、同因子と相互作用を有する因子の単離同定を行った。
< 方法と結果 >
1. EF-1サブユニット間相互作用解析
酵母のTwo-hybridシステムを用いてサブユニット間の相互作用解析を行った。その結果、イネのEF-1は4種類のサブユニット(α、β、β'、γ)が2つずつ結合した8量体
からなっていることが明らかとなった。一般的に高等真核生物のEF-1は4量体であると考えられており、今回の結果はEF-1サブユニット構成の新規モデルを提唱するものである。
2. 新規EF-1γ相互作用因子の同定
Two-hybridシステムを用いてEF-1γの新規相互作用因子のスクリーニングを行なった。その結果、60Sリボソームの構成サブユニットであるL30が新規相互作用因子の候補
として同定できた。2つのタンパク質の結合は、大腸菌で作成したタンパク質を用いた結合解析においても確認できた。これらの結果は、EF-1γがEF-1とリボソームとの結合
に重要な役割を担っていること、さらにタンパク質生合成のペプチド鎖伸長サイクルが、既知のモデルとは異なるメカニズムで行われている可能性があることを示唆している。
本発表では、解析結果より考えられる伸長サイクルの新規モデルを提案する。
植物は、葉(ソース器官)において光合成により作り出した同化産物を光合成能力のない根や分裂組織、果実など(シンク器官)へと篩管を通じて運んでいる。また発芽時 には、種子がソース器官としての役割を果たし、実生の成長を支えている。「転流」と呼ばれるこの機構は、作物の生長や生産性を大きく左右することから、多方面からの 研究が盛んに行われている。我々の研究室では、発芽時のオオムギ胚盤で大量に発現する23kDaの新規タンパク質(P23k)の解析を行ってきた。その結果、発芽時における P23kの発現は胚盤で強く、さらにその発現は内胚乳分解産物が胚へと運ばれる時期特異的であることを明らかにした。この結果は、P23kが発芽時の糖転流に重要な役割を担 っていることを示唆しているが、それは発芽時に着目した研究のみからの考察であり、その真偽を問うには、成育過程や転流が盛んである種子登熟過程における解析を行う 必要があった。
このような背景のもと、本研究では、成熟期や登熟期のオオムギを用いて抗P23k抗体を利用した免疫染色法やin situ hybridyzation法により、P23kおよびその遺 伝子の発現時期や発現部位の詳細な解析を行なった。その結果、成熟期においては葉の維管束、登熟期においては芒の維管束や登熟種子の糊紛層、大維管束群といった転流 の盛んな組織でP23kは特異的に発現誘導され局在することが明らかとなった。さらに、登熟種子におけるP23kの発現は、胚乳組織への糖の流入が盛んな登熟初期から中期に かけて上昇し、糖の流入が減少する登熟後期には減少することも明らかとなった。これらの発現部位や発現時期は、糖の転流に直接関わっている各種トランスポーターや細 胞壁結合型インベルターゼの発現部位および時期と完全に一致しており、P23kが糖の転流機構に関与すると考えられる。しかし、P23kの発現は発芽時や登熟時の種子組織で 顕著に確認されることから、種子貯蔵タンパク質ではないかとの疑問が生じる。そこで、乾燥種子にP23kが存在するか否かの確認を行った。その結果、乾燥種子にはP23kが 全く存在しないことが明らかとなり、P23kが糖転流に関与する機能未知の機能性タンパク質であることが示唆された。以上の研究により、P23kが糖転流に関与していると期 待されるが、P23kのアミノ酸配列中には機能推定に繋がるようなドメイン構造はなく、転流過程における役割は推定の域を脱していない。そこで我々は、P23kの機能解明を 目的として、P23kに相互作用する因子が存在するか否かについて解析を行った。分子間相互作用解析装置BIACOREやNative-PAGEを利用した解析結果は、P23kが他のタンパク 質と複合体を形成して機能している可能性を示唆していた。これら相互作用因子の同定がP23kの機能解析に必要不可欠であると考え、現在解析を進めている。
動物細胞の複製開始は染色体上のランダムな位置からではなく特定の位置(オリジン)から起こり、オリジンの位置は細胞分化や癌化や再生における転写制御などの遺伝
子機能と密接に繋がっている。
複製開始機構については酵母で詳細な解析が進んでいる。酵母のオリジンには共通配列が存在し、その配列依存的に複製イニシエーター(ORC: origin
recognition complex) が結合することでオリジンが決定される。一方、哺乳類の細胞のオリジンの決定機構は、これまでに同定されたオリジンの塩基配列に
共通性が見られないこと、ORCに塩基配列特異的DNA結合活性がないことなどから不明な点が多い。
これらの問題を解決するために、哺乳類細胞の複製開始機構の解析を目的として、ラットのアルドラーゼB遺伝子プロモーター領域 を含む約1kbpの領域 (aldBオリジン)
及びその変異体をマウスの細胞の染色体に相同組換えで挿入し複製開始の塩基配列依存性を解析した。その結果、aldBオリジンは他の染色体に挿入してもレプリケーターと
して機能すること、そのレプリケーター活性には我々が見いだしたAlF-Cタンパク質が結合するサイトCが必須であることを明らかにした。さらに、クロマチン免疫沈降法
(ChIP) で、AlF-CのサイトCへの結合がレプリケーター活性に必要であることも明らかにした。
一方、我々はサイトCと異なるサイトPPuが自律複製活性に不可欠であることを明らかにしている。このサイトはGGXが5回繰り返した配列をもつ。このサイトの機能につ
いて現在解析しているが、最近、このサイトに結合する因子がPurα及びPurβであることを明らかにした。これらの研究を基に、我々の提唱する動物細胞特有の複製開始モ
デルについて紹介したい。
1. 背景
凍結温度を含む低温は植物の生存を制限する主要な環境要因の一つである。温帯以北に生息する多くの植物は、凍らない程度の低温に曝されると多くの生理機構を
変化 (低温馴化) させる事により、凍結温度で生じる傷害に対する様々な防御機構を獲得する。これまで低温馴化における凍結耐性誘導機構の研究はシロイヌナズナ植物個
体で精力的に行われ、現在まで多くの事が明らかにされてきた。しかし、植物体が持つ複雑性 (組織・器官・細胞の混在など) などのため、その細胞レベルをはじめ全容解
明には大きな課題を残している。
3. 材料
・ シロイヌナズナT87懸濁培養細胞 (seedling由来)
・ 凍結耐性評価・遺伝子解析・浸透濃度・糖含量解析: 誘導期・対数増殖期・定常期それぞれの細胞を未馴化・低温馴化処理したもの用いた。
5. 展望
解析の結果、凍結耐性・遺伝子発現・生理的変化は、細胞レベルと植物個体との間で大きく異なる事が明らかとなった。しかし、現在までのところ、一過的な凍結
耐性付与に関与する要因が何であるかの決定には至っていない。マイクロアレイで得られた結果を元に低温馴化により発現変動する遺伝子のうち、植物体レベルと比較を行
い、細胞レベルで特異的、或いは発現カイネティクスが異なるものを解析し、現在行っているプロテオーム解析での結果と比較検討する。
植物は、低温にさらされることによって細胞内に特別な代謝系が誘導され、凍結に対する耐性(耐凍性)を獲得する。耐凍性を得るために不可欠な低温馴化の過程におい
ては、低温に応答する転写因子(DREB/CBF)の活性化、膜脂質組成の変化、水分の減少・糖類の蓄積による細胞の浸透濃度の変化などの現象が知られているが、これらの機
構は究極的には、細胞外凍結による細胞の脱水収縮によって引き起こされる細胞膜の構造的・機能的損傷を回避するという目的のために誘導されると考えられる。しかし、
耐凍性機構の中心的役割を担う細胞膜上に存在する膜タンパク質に関する解析、すなわち、膜との特異的相互作用を介して固有の機能を発現する膜タンパク質が、耐凍性機
構で果たす役割については、直接的評価はなされてこなかった。
Kawamura and Uemura(2003)は、Arabidopsisの低温馴化の過程で量的に変動する細胞膜タンパク質について、マトリックス支援型レーザーイオン化飛行時間型質
量分析計(MALDI-TOF MS)を用いたプロテオーム解析を行った。その結果、可溶化される画分に含まれ、細胞膜に比較的緩やかに結合している膜表在性であると考えられる
18種類、難溶性画分に含まれ、膜内在性であると考えられる12種類の計30種類のタンパク質が、低温に応答する膜タンパク質として示され、Arabidopsisゲノムデー
タベースからその機能が推定されている。その多くは、耐凍性獲得との関与を示す報告はなされておらず、植物体における機能については不明である。本研究では、それら
の細胞膜タンパク質について機能をin plantaで評価するため、過剰発現形質転換体を作製した。生葉における耐凍性の評価を行った結果、リポカリン様タンパク質
(AtLCN)およびデハイドリン(ERD14)について、未馴化の状態で野生型と比較した場合の耐凍性に差異がみられたことから、過剰発現が耐凍性向上への効果をもつことが
示唆された。これらの2種類の形質転換体については細胞膜への影響をより直接的に評価するため、葉よりプロトプラストを単離し、凍結融解処理後の生存率を測定した。
その結果、AtLCNおよびERD14の両方ともに野生型よりも生存率が高く、その差は生葉で比較した場合よりも顕著にあらわれた。さらに、プロトプラストの凍結融解の観察結
果から、これらのタンパク質は凍結後の融解時に発生する細胞膜構造の異常を防止する効果が高いことが示唆された。このことから、AtLCNおよびERD14は低温馴化の過程で
蓄積することにより、細胞膜の構造的損傷の緩和作用に寄与していると考えられる。
熱帯、亜熱帯産の植物の多くは低温に敏感で、0〜12℃にさらされると栄養成長や生殖成長が阻害され、組織や器官、個体そのものが不可逆的な傷害を受ける。この様な低
温傷害は凍結傷害とは異なり温度のみにより生じ、冷温傷害と呼ばれる。低温傷害は光条件や湿度などの低温処理条件、またさらされる温度と時間や植物の生育条件に大き
く依存する。例えば、光照射のもとで植物を冷やすと、葉は短時間で光合成機能をなくし、肉眼的にも暗黒化の低温処理よりも著しい傷害が現れる。これは、常温では正常
に働いていた葉緑体内の活性酸素消去系が低温では機能が低下することによると考えられている。逆に、植物を水分飽和の条件で冷やすと傷害は著しく軽減されることが多
い。一方、低温感受性の高い植物では、暗黒-水分飽和の条件で低温にさらしても細胞は短時間で致死的な傷害を受ける。この事は細胞内に低温そのものに敏感な生体膜やタ
ンパク質があることを示しており、それらを明らかにすることは低温傷害機構を知る上で必要不可欠である。一般的に低温傷害は低温にさらされた直後に不可逆的な傷害に
至るものではなく、回復可能な初期傷害を経て徐々に二次傷害が誘発されながら、不可逆的傷害へと進む。植物の低温傷害機構を理解するためには、まず回復可能な初期傷
害の機構を知ることが大切と考えられる。これまでの研究により、ヤエナリ懸濁培養細胞から調整したプロトプラストを暗黒条件下で0℃にさらすと、低温傷害初期過程にお
いて細胞質の酸性化もしくは液胞内のアルカリ化が起きることが分かっている。また、細胞外の溶液を中性にしても細胞質の酸性化は生じる。この事から細胞質の酸性化は
主に液胞からのH+の流出により生じ、液胞膜のH+に対する半透過性の消失やH+輸送系の機能障害が原因であると予想されている。液胞膜
のH+の輸送系はH+-PPaseとH+-ATPaseという2つの酵素からなり、このうち、液胞膜H+-ATPaseは低温傷害初期過程で急速に
失活することが知られている。しかし、液胞膜H+-ATPaseの低温失活と細胞質の酸性化の直接的な因果関係は全く説明できていない。この理由は植物が普段どの
ようにして細胞質のpHを一定範囲に保っているかが全く分かっていないことによる。
自然の中では植物は常に温度変化に曝され、H+流入速度や流出速度は必ずその影響を受ける。また細胞内の多くの物質輸送はH+濃度勾配を利用し
ており、輸送物質の量が変化すれば当然H+流出速度も変化する。この事は、もし植物細胞がH+流出入をうまく調節できる機構を持っていなければ、
細胞質のpHを一定に保つことは出来ないことを意味する。また、このpH調節には遺伝子発現も含まれるであろうが、実際にpHを一定に保つためには生化学的な機構が必須で
ある。この様にして植物細胞は生化学的なpH調節機構を持っていると推察される。この観点から考えると、低温傷害初期過程において細胞質の酸性化が生じるのは、液胞膜
にある生化学的なpH調節機構が低温処理中にうまく働かなくなることが原因であると考えられる。本研究では液胞膜小胞を用いてpH調節機構を推定したのち、その低温感受
性について解析を試みた。まず、pH調節機構を詳細に解析するためにH+流出入に基づいた液胞膜小胞におけるpH勾配形成過程の数式モデルの導入を行った。次に
PPiおよびATP依存性H+輸送の温度依存性を解析することにより、pH調節機構の推定を試みた。もし液胞膜のpH調節機構が働いているならば、液胞膜小胞において
もpH勾配が温度変化に関係なく一定に保たれると考えられる。最後に、pH調節機構が植物の冷温処理後にどのように影響を受けるかが解析された。結局、pH勾配を一定に保
つにはV-PPaseとPPi依存性のH+流出機構が少なくとも必要であった。また、植物を冷温処理したのち、V-PPaseは脱共役を起こし、さらにPPi依存性のH+
流出機構もH+流出が大きくなることが明らかとなった。以上の結果、細胞質の酸性化の直接的な原因はPPi依存性のpH調節機構の崩壊であり、V-ATPaseの低温失
活ではないことが明らかとなった。
近年、生物系を「複数の要素が選択的かつ非線形的に相互作用し機能を発揮する要素の集合体」として捉え、実験データから得られた情報に基づく数理モデルの構築や計 算機実験を通して、その特性や機能を理解する試みが注目されている。例えば、大腸菌の化学走性などのシグナルネットワーク研究 1や細胞周期の分岐解析研究 2においては、このようなシステム生物学的手法の有効性が示されつつある。本研究の目的は、このようなシステム生物学的アプローチにより、我が国の寒冷地 に自生する恒温植物「ザゼンソウ(Symplocarpus foetidus)」の体温制御に関わるメカニズムを解明することにある。我々はまず、ザゼンソウの発熱部位である肉 穂花序の体温時系列データの網羅的な収集を行い、得られた時系列データには複雑な振動が頻繁に現れることを見出した 3。体温時系列データに現れるこのよう な振動現象は、そのシステムにおける動的な挙動が目に見える形となって現れたものである。そこで我々は、決定論的非線形予測やリアプノフ指数および相関次元、さらに アトラクター解析等の動的システム理論を用い、ザゼンソウ肉穂花序の体温時系列データをより詳細に解析した。その結果、ザゼンソウ肉穂花序における体温変動は非線形 ダイナミクスにより表現される典型的なカオス的特性を有することが明らかになるとともに、一連の計算機実験により、ザゼンソウの温度応答システムを忠実に再現できる 制御アルゴリズムの抽出に成功した 4。さらに驚くべきことに、本研究により得られたモデルは、熱産生および温度センサー等の本植物の発熱制御システムに関 わる生物側の関連因子の数および特性を明確に予測していた。本講演においては、ザゼンソウ研究における計算機実験の有効性と今後の展望についても議論したい。本研究 は、生物系特定産業技術研究支援センターの新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業のプロジェクト研究の一環として行われている。
1. Yi et al. (2000) Proc Natl Acad Sci USA 97: 4649-4653
2. Novak et al. (2001) Chaos 11: 227-286
3. Ito et al. (2004) Plant Cell & Physiol 45: 257-264
4. Ito & Ito (2004) Dynamic Days, Abstract: 19