寒冷バイオシステム研究センター
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>第1回>講演要旨 [ プログラム | 写真集 ]

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ABAによるコムギ培養細胞の耐凍性誘導

[吉田 静夫氏の写真] 吉田 静夫
北海道大学名誉教授・岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター客員教授

寒冷地に生育する越冬植物は、氷点近くの低温で一定期間育てられると耐凍性が誘導される。この低温馴化過程では耐凍性獲得に重要な役割を持つと考えられる様々な 遺伝子が誘導される。アブシジン酸 (ABA) は種子登熟と休眠、気孔の開閉調節、乾燥及び塩ストレス応答などの広範囲の生理現象に深く関わっている。植物が低温にさら されるとABAレベルが一過的に上昇することが知られ、耐凍性獲得に必要な遺伝子発現においてABAがセカンドメッセンジャーとして作用するとも考えられている。実際、幼 植物や培養細胞にABAを与えると常温でも耐凍性が速やかに誘導されることが知られている。しかし、低温馴化過程で発現する遺伝子にはABAを介さないものも知られており、 耐凍性誘導におけるABAの役割について解明すべき余地が残されている。
我々は、ABAによる耐凍性誘導機構の解明を目的として、冬コムギ(チホクコムギ)の懸濁培養細胞を用いて研究を行っている。培養細胞にABA(50μM)を与えて23 ℃で培養を続けると耐凍性が急速に増加し、5日後には−22℃での凍結に耐えるようになる。耐凍性誘導と並行して、種子登熟後期に特徴的な可溶性蛋白質(LEA蛋白質)、 19kDaの細胞膜蛋白質(AWPM-19)、および多種の分泌蛋白質(WAS蛋白質)が顕著に誘導される。AWPM-19は高塩基性(pI = 10.2)の膜貫通型蛋白質で、ダイズ種子の登熟 後期に発現誘導されるGmPM3遺伝子と極めて高い相同性を示すことから、乾燥や凍結脱水に対する細胞膜に保護に関わっていることが推定される。また、分泌蛋白質のいく つかは、抗菌活性とアンチフリーズ活性を併せ持つことが推定され、耐凍性と病菌抵抗性の獲得に重要な役割を持つことが考えられる。
以上のように、コムギ培養細胞は耐病性を含めた冬作物の越冬耐性の機構を解明する上で有効な実験系であると思われる。

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リンゴの遺伝子組換えに関する研究の現状

[山村 三郎氏の写真] 山村 三郎
財団法人岩手生物工学研究センター・岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター客員教授

 栽培リンゴは、Malus x domestica Borkh. cv. Fuji のように表され、他の作物の学名表示と大きく異なる。これは、M. pumila を基にして、 M. sylvestrisM. sieversiiなどが複雑に関与して成立した特異的な「種」の成り立ちを示している。この様な複雑な成り立ちの背景を考えたとき、リン ゴは環境変化への適応性が強く、何か特別な性質を備えているのではないかと推測される。強い自家不和合性がそのことを暗示しているようでもある。しかしながら、リン ゴは樹木であるためにその適応効果を見極めるのに数十年も要し容易に判別することが困難である。
 近年、遺伝子組換え技術の著しい発展により、開花までの幼若期間8〜20年を要するヤマナラシ(ポプラ)は約7ヶ月までその期間が短縮された。遺伝子組換え技術を 用いたリンゴの開花制御に関する研究例はないが、溶菌酵素遺伝子による耐病性付与、除草剤抵抗性遺伝子を用いた薬剤抵抗性付与、殺虫性酵素遺伝子による耐虫性付与、 糖代謝酵素遺伝子を用いた良食味系統の作出など省力化、嗜好などを目的とした研究が盛んに進められ、徐々にその成果が現れてきた。
 リンゴの自由化により、国産リンゴ生産者への圧迫が強まっている中で、国際競争力をつけるためには特色あるリンゴを育成・生産しないと諸外国に打ち勝つことはでき ない。その場合の育種のターゲットは、第1に品質や外見の改良であり、第2に生産性の向上=低コスト化であり、そして第3に安全性を重視して生産されるリンゴを作る ことであろう。
 本日は、そのような特色あるリンゴを育種する技術として、遺伝子組換え技術を中心に取り上げ、その研究がどの程度進んでいるかを総論的にお話し、併せて、突然変異 体の利用状況や我々が取り組んでいる形質転換体作出に関する研究などをご紹介したい。

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リンドウの花形成における冷温の影響について

[日影 孝志氏の写真] 日影 孝志
岩手県安代町花き開発センター・岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター客員教授

 リンドウの花形成のメカニズムを知ることは、育種および栽培において有益である。本研究は、エゾリンドウおよびエゾオヤマリンドウを茎頂培養し、さらに液体振とう 培養によりえき芽を伸長させて、そのえき芽が培養温度によりどう生育するかを調査研究し、あわせて花形成のメカニズムを研究する材料としての適性を考察したものである。

1. エゾリンドウおよびエゾオヤマリンドウの越冬芽を用いて、20℃、5000ルックス連続照明下で茎頂培養することにより、越冬芽、短縮茎、節間伸長茎、および開 花茎をもつ植物体ができた。

2. 上記の植物体を液体振とう培養した結果、越冬芽および短縮茎をもつ植物体から多数のえき芽が伸長してきた。えき芽は各節の片側だけから伸長していた。

3. このえき芽を10℃、15℃および20℃の培養条件下で育成したところ、20℃の培養条件下では、越冬芽、短縮茎、節間伸長茎および開花茎をもつ植物体ができた。 15℃の培養条件下では、越冬芽、短縮茎をもつ植物体ができた。10℃の培養条件下では、越冬芽、節間伸長茎をもつ植物体ができた。

4. 20℃の培養条件下で育成された植物体を、2℃の暗黒条件下で約2ヶ月間低温処理した後、最低気温10℃に維持されたガラス温室で順化育成したところ、次のこと がわかった。

1)越冬芽をもつ植物体を順化すると、枯死率が低い。 
2)越冬芽をもつ植物体を順化育成したものは、節間伸長茎または短縮茎になった。節間伸長茎は、各節の両側にえき芽を分化し、茎の基部のえき芽には越冬芽を分化していた。 短縮茎は、各節の一方の側にえき芽を分化し、なかには越冬芽を分化しているものもあった。
3)形態的に短縮茎と思われる植物体を順化育成したものの枯死率が高かった。
4)形態的に短縮茎と思われる植物体を順化育成したもののうち枯死しない植物体は、短縮茎、節間伸長茎、つぼみまたは花をもつ植物体になった。この短縮茎および節間 伸長茎は、各節の一方の側にえき芽を分化していた。
5)以上のことから、越冬芽および短縮茎、さらに越冬芽および短縮茎を低温処理したのち育成された節間伸長茎の詳細な比較分析を行うことにより新しい知見が得られる 可能性がでてきた。

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耐冷性イネ育種研究の現状と展望

[畠山 均氏の写真] 畠山 均
岩手県農業研究センター・岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター客員教授

1.岩手県における稲作の冷害
 東北地方、特に稲作の歴史は例外との闘いであった。第二次世界大戦後の昭和24年〜平成10年までの50年間に、岩手県の作況指数が95以下の年が10回あるが、その10回と も冷害(うち1回は台風害も加わる)によるものである。特に昭和55年、平成5年の大冷害は記憶に新しい。

2.冷害の種類と耐冷性検定
 水稲の冷害は、障害型冷害と遅延型冷害に分けられる。第二次大戦後、早熟他収品種の開発、保温折衷苗代などの育種資材の発達によって健苗・早苗が定着し、遅延型冷 害は軽減されたが、逆に作期が早まり、穂孕期の冷害に遭遇する機会が増大し、障害型耐冷性の重要性が高まった。障害型耐冷性の検定法には、自然の冷温利用、冷水利用、 人工気象室利用などがあるが、昭和55年の大冷害を契機として宮城県古川農試が開発した「恒温深水法」が現在では広く行われている。

3.「恒温深水法」と耐冷性基準品種
 「恒温深水法」とは冷温処理する用水の水温を一定に制御し、20cm以上の水深に保って強制循環させ、水温のむらをなくして検定を行うもので、障害不稔発生の再現性が 非常に高く、小面積で大量の供試材料を高精度に検定可能である。障害型耐冷性の差はあくまで相対的なものであり、評価は常に基準品種との比較で行われるため、物差し となる基準品種が極めて重要である。寒冷地(東北)では昭和61年度育種連絡会議の申合わせによる基準品種を使っているが、耐冷性極強以上の品種・系統が続々誕生し、 現在基準品種の見直しが行われている。

4.耐冷性と良食味
 長い間、我が国の米の品種改良は、「質・味より量」に重点が置かれ、また「耐冷性と食味を兼ね備えた品種の育成は困難視」された時代があったが、食味と耐冷性の両 立を目ざした育種が本格的に進められた結果、最近では良食味で耐冷性も備えた品種が続々育成されている。今後はさらに良食味で高度の耐冷性と耐病性(いもち病)をあ わせもった品種が要望される。

5.耐冷性の遺伝
 我が国の耐冷性は、「愛国」、「神力」が主な遺伝子源であろうと推論されている。また耐冷性が必ずしも強くない組み合わせから強い品種が選抜される例(耐冷性の集 積)が報告されており、集積系統同士からさらに耐冷性の強い系統も作出されている。さらに、外国稲の中には耐冷性が極めて強い系統もあり、耐冷性育種の可能性は、稲 の遺伝子源の利用だけでまだまだ広がると考えられる。

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コムギカタラーゼ遺伝子を導入した形質転換イネと低温障害耐性

[猿山 晴夫氏の写真] 猿山 晴夫
北海道グリーンバイオ研究所・岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター客員教授

 我々は、イネの発芽、伸長時における低温障害耐性に、活性酸素除去系酵素のカタラーゼ(CAT)が深く関与していることを明らかにした。 一方、コムギは、イネでは発芽が見られない低温下(5℃)においても、発芽、伸長し、またカタラーゼ活性が発芽、伸長に伴い、イネに比べて著しく上昇することや、低 温処理(5℃/7日間)されたイネ幼苗のカタラーゼ活性は減少するが、コムギのそれはほとんど影響を受けないことなどを見いだしている。
 このような結果から、コムギカタラーゼ遺伝子をイネに導入・発現させることにより、イネの低温障害耐性能の改良が可能であると考え、まずコムギカタラーゼcDNAのク ローニングを行った。得られたコムギカタラーゼcDNAは492個のアミノ酸からなる翻訳領域が認められた。このアミノ酸配列を他の植物(イネ、トウモロコシ、ジャガイモ、 ワタ、アラビドプシス、タバコなど)のカタラーゼと比較したところ、アミノ酸レベルで67〜84%という高い相同性が示された2
 このコムギカタラーゼcDNAを35SCaMVプロモーターに接続し、形質転換植物体内でコムギカタラーゼを発現するように構築した遺伝子をイネ(品種:ユーカラ、マツマエ) のプロトプラストへ導入し、形質転換再分化イネを作出した。コムギカタラーゼは形質転換イネの葉以外に、根、葯、種子胚そして胚乳中でも発現しており、植物体の全細 胞中で発現しているものと思われる。形質転換イネの葉のカタラーゼ活性(25℃)は、非形質転換イネに比べて、最大4.5倍に増加しており、かつコムギカタラーゼの発現 と活性の増加は自殖後代のイネにおいても確認された。非形質転換イネの葉のカタラーゼ活性は温度の低下に伴い著しく低下するのに対して、形質転換イネのカタラーゼで は、コムギのそれと同じく活性の低下が少なく、5℃での形質転換イネのカタラーゼ活性は、非形質転換イネの約15倍という非常に高い値を示した。また、他の活性酸素除 去系酵素であるSODやApx活性はカタラーゼの過剰発現によっても、ほとんど影響を受けなかった。これらのイネを5℃で低温処理(10〜14日間)した後25℃に戻し、植物体 への低温の影響を調査したところ、非形質転換イネにおいては葉が巻いて、褐変したり、また枯死する植物体が見いだされるなど著しい障害が起きたが、形質転換イネにお いては、そのような低温障害は押さえられていることが確認された。
このようなことから、主要穀物の一つであるイネにおいて、活性酸素除去系酵素の一つであるカタラーゼの遺伝子を導入・発現させることによって、低温障害耐性を改 善することが可能であると思われる。

    1. H. Saruyama and M. Tanida (1995) Plant Sci. 109:105-113
    2. H. Saruyama and T. Matsumura (1999) DNA Sequence 10:31-25

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イネ遺伝資源の耐冷性評価

[菅原 之浩氏の写真] 菅原 之浩
東北電力研究開発センター・岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター客員教授

 東北地方では,平成5年の大冷害を始め,たびたび冷害が発生しており,耐冷性に優れたイネ品種を開発することは重要な育種課題のひとつである。
 ブータンやラオスでは,比較的高地でイネが栽培されいるため,耐冷性の遺伝資源として有望な系統が存在すると考え,東北大学・遺伝生態研究センターの佐藤雅志氏ら が収集した材料について,人工環境装置内に設置した耐冷性検定水槽による穂ばらみ期耐冷性検定を行っている。検定は,出芽後35日間常温で育てた後,19℃に制御した水 槽に移し,出穂するまで処理するという方法である。これまで350系統について検定を実施し,耐冷性遺伝資源として有望な系統を20数系統得ている。
 本検定で選抜した系統を,交雑育種の母本として利用することにより,最終的には,耐冷性イネ品種の開発を目指している。

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低温に対する作物反応を利用した環境制御技術

[小沢 聖氏の写真] 小沢 聖
農林水産省東北農業試験場地域基盤研究部気象評価制御研究室

 近年、地球規模の気象変動性が高まり、異常気象が頻発している。この不安定期と安定期は、歴史的に数10年単位で繰返されており、東北地方では不安定期にやませによ る冷害が多発する。化学肥料、農薬、機械などの工業の発展を背景に、戦後の農業技術は飛躍的な発展を遂げたのは気象の安定期であった。このしっぺ返しが93年の大冷害 で、多肥などによる多収栽培が冷害を助長した。また、機械耕耘で畑地にできる耕盤が、近年の水害多発を招いている。このように、気象の不安定期になって、近代農業技 術の自然災害に弱い一面が露呈されているといえる。
 予測の難い気象環境下での基本対策のひとつは、作物の環境適応性の向上にある。これには、吸水・吸肥機能を高める効果が高いようで、根の量的・質的拡大のための根 圏環境管理が重要といえる。そこで、わずかな根圏環境管理で、作物生育を促進する技術をここで紹介する。
 低温期には、気温より地温の上昇が作物生育を促進する。この地温上昇の効果は、時刻により異なり、発芽には根圏地温の最も低下する6-9時で、生育には蒸散が盛んな9- 15時で高い。この反応を利用したのが、地温の日変化を抑制した「べたがけ溝底播種」である。また、この反応から、東西うねで水稲で低温害が少ないこと、高うねは南北 がいいことなどを説明できる。

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北極ツンドラ生態系における土壌動物群衆の位置

[吉田 勝一氏の写真] 吉田 勝一
岩手大学人文社会科学部教授

 北方域にはタイガ、森林ツンドラ、ツンドラ、極地砂漠の多様なバイオ−ムからなる広大な陸上生態系がみられるが、寒冷な気候であること、脆弱な環境特性をもってい ることによって地球気候の温暖化のような環境変動によって大きな影響を受ける。そのため最近、北方域とくに北極圏の生態系についての国際的研究が盛んになってきている。
 対象とした北極ツンドラは高緯度極地に出現するチョウノスケソウ類、キョクチヤナギ、ユキノシタ科植物からなる矮性低木と草本植生の極めて単純な生態系である。 そのため食物連鎖や栄養段階などの生物間の関係が容易にとらえることができる。演者はノ−ルウェ−のスピッツベルゲン島ニ−オルスン(北緯79度)において、顕著な 温暖化現象である氷河後退域で拡大しつつあるツンドラ植生の土壌動物群集を調査し、生態系変動の様相について検討した。
 いろいろな植生の土壌からハンドソ−ティング法によって採集された大型動物はクモとハエ幼虫のみでその密度も極端に少なかった。一方ツルグレン法によって得られた 小型節足動物は動物相としては大部分がトビムシとダニで単純であるが、生息密度は多くの地点で1m2あたり3万〜8万個体を示した。 この数値は世界のいろいろな生態系における調査例と比較しても最高位に匹敵する。このように、この地域には小型節足動物を中心とした強大な土壌動物群集が成立してい ることが明らかとなった。この生態系の生産者であるツンドラ植生はトナカイによって直接多量に摂食されており強い撹乱がみられた。これ以外の植食者は少数のトビムシ とハエ類のみでその他の陸上節足動物はほとんど出現しない。しかしトナカイ自然個体群の生息地は限られているので、一般にツンドラ生態系における生食連鎖は極めて貧 弱であるといえる。これに対して植物遺体を直接および間接に利用している腐食者の土壌動物は上述のように非常に潤沢であり、太い腐食連鎖の存在が確認された。この他 にこの生態系にはキョクアジサシやホッキョクツノメドリなどの鳥類が繁殖しホッキョクギツネとホッキョクグマの哺乳類も生息しいるが、彼らの大部分の餌生物は海の生 態系に属するものである。したがって、北極ツンドラ生態系の食物連鎖構造の中で土壌動物とくに小型節足動物はキ−スト−ン動物群であることが示唆された。

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