寒冷バイオシステム研究センター | ||||||||||||||
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>年報 1998 (Vol.1)>II | [ 目次 | 巻頭言 | I | II | III | IV | VI | VII ] |
寒冷バイオシステム研究センターは以下の3つの研究分野から構成されています。これらの研究分野の連携により「生物の寒冷に関わる現象を解明し、その成果を育種へ 応用する」ことを目指しています。
◇細胞複製研究分野
種々の細胞の固有の機能が細胞分裂の際に維持されたり変化したりするメカニズムを研究し、細胞機能の効率的・安定的改変技術に応用しようとしています。
◇寒冷シグナル応答研究分野
寒冷刺激が細胞や個体に生じさせる分子シグナルの伝達経路、その応答や記憶の機構、また、寒冷地生物特有の寒冷耐性機構等の解明を目的としています。
◇生体機能開発研究分野
寒冷地生物の持つ多様な生物素材、特に寒冷適応・耐性に関与する物質の探索や、それらの生合成経路、関与する遺伝子の解明及びその改変デザインに関する研究を目的
としています。
なお、当研究センターは遺伝子実験施設としての機能も担当し、遺伝子関連技術の普及や安全教育に努めています。また、大学院農学研究科(修士課程)及び大学院連合 農学研究科(博士課程)に属し、大学院学生の教育・研究指導も行っています。
職 員
(平成11年1月現在)
細胞複製研究分野
教授・センター長 堤 賢一
助教授 斎藤 靖史
講 師 斉藤 雲鵬
寒冷シグナル応答研究分野
教 授 江尻愼一郎
助教授 木藤新一郎
生体機能開発研究分野
教 授 上村 松生
講 師 伊藤 菊一
技 官 滝沢 文弥
教授(客員) 黒岩 保幸
教授(客員) 菅原 之浩
非常勤職員
研究機関研究員 神田 勝弘
技術補佐員
(研究支援推進員) 木藤 直巳
◇細胞複製研究分野(堤 賢一、斎藤 靖史、斉藤 雲鵬)
研究テーマ
◎染色体遺伝子の複製と転写を統御する機構
◎葉緑体遺伝子の複製開始制御と葉緑体の増殖の機構
◎植物遺伝子のゲノミックインプリンティングの機構
本研究分野は細胞分裂の過程で細胞の機能がどのような仕組みで維持されたり変化したりするのかを研究し、細胞や個体に外来遺伝子を導入して新機能を持たせる際に、
導入した遺伝子を安定に維持し機能発現させる技術を開発することを目指している
。
本研究分野では、これまでに細胞分裂の際、遺伝子の複製(コピー)が染色体のどの位置から始まるかが、周辺遺伝子の機能発現を左右することを明らかにしている。現
在、ラットやイネの染色体を研究材料にして、遺伝子の特定位置からの複製開始と周辺遺伝子の発現のオン−オフがどのような機構で連絡しているのかを解明しようとして
いる。
植物では核の遺伝子とは別に固有の遺伝子をもつ葉緑体がある。葉緑体は光合成など種々の重要な機能をもち、植物の遺伝的改変(育種)の上でも重要な標的器官である
が、細胞内での増殖や遺伝子の複製の仕組みは良くわかっていない。本研究分野では、葉緑体内で複製可能な人工遺伝子の開発のために、葉緑体遺伝子の複製機構をこれま
でと異なる新しい手法で研究している。
一方、通常の細胞(体細胞)は、雄由来の染色体1組と雌由来の染色体1組をもつ。両者は同じ遺伝子であるが、雄由来か雌由来かはマークされており、どちらが機能す
るかはあらかじめ決定されている。従って、組換え体作成のために遺伝子を導入すると、それがどちらの染色体に導入されたかが発現に大きな影響をおよぼす場合がある。
このような雌雄染色体のマークづけ(ゲノミックインプリンテイング)の機構は植物では研究例がなく全く不明である。我々は、アブラナを用いてこの機構を知るための研
究を行なっている。
なお、本研究分野は旧細胞育種実験施設の発展部門であり、上記の基礎研究を担当するとともに、他の2つの研究分野での成果を応用する際に、連携して研究にあたる。
◇寒冷シグナル応答研究分野(江尻 愼一郎、木藤 新一郎)
研究テーマ
◎翻訳制御系の解析とその応用
◎オオムギの春化誘導機構
◎作物の寒冷応答機構
本研究分野では、寒冷環境や一時的な寒冷刺激に対して植物がどの様に応答し、有用形質を獲得しているのかについての研究を展開している。温帯から亜寒帯に生息する
植物は、寒冷な気候に適応するための様々な自己防御システム(寒冷耐性、低温順化、春化、休眠等)を備えているが、その詳細な機構解析は進んでいない。また、これら
の現象と密接に関わっているタンパク質生合成が低温下でどの様に制御されているのかに関しても明らかになっていない。よって、これらの形質は寒冷地農業の作物生産に
とって非常に有用であるにもかかわらず、育種への応用がほとんど計られていないのが現状である。
翻訳制御系に関する研究では、低温環境下で低下したタンパク質生合成能力を如何に回復させるかを視野に入れ、伸長因子EF-1を中心とした研究を展開している。最近、
EF-1のγサブユニットがグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)活性を有していることを明らかとした。GSTは耐寒冷性やトリアジン系除草剤耐性等に関与する超多機
能性酵素であり、EF-1γを耐寒冷性作物の作出等に応用できると期待される。
オオムギの春化誘導機構に関する研究では、春化への関与が期待される複数の新しい遺伝子を単離し、現在、春化との因果関係を明らかにするための解析を行っている。
春化機構の解明は、栽培作物の生産地域拡大に繋がるのみでなく、ダイコン等のとう立ちの予防、岩手特産ナバナの生産性の向上、等にも繋がり、寒冷地農業に多くの利益
をもたらすと期待される。また、本研究分野では寒冷耐性の高いオオムギ品種を用いて、耐寒冷性遺伝子の同定を試みている。現在、低温環境下で特異的に転写される複数
の遺伝子を同定しており、これらの中から寒冷耐性の引き金となる遺伝子を見出し、寒冷耐性を有するイネ品種等を開発する基盤を構築する。
◇生体機能開発研究分野(上村 松生、伊藤 菊一)
研究テーマ
◎ 植物細胞の凍結傷害と低温順化のメカニズム
◎ 植物の発熱遺伝子の探索とその利用に関する研究
本研究分野は、植物の低温適応のメカニズムを総合的に解明することを目的にしている。現在、外来遺伝子を導入し低温などのストレスに強い植物を作成することが試み
られているが、その試みが実用化されるためには、それぞれの遺伝子がどのようなメカニズムでストレス耐性を増大させるのかということを明らかにする必要があると思わ
れる。そのための基礎データを得るため、本研究分野では、植物の低温適応の二現象(低温に "耐える" という方法と低温を "回避する" という方法)の分子的なメカニズ
ムを明らかにし比較検討することを行い、その結果の効果的な利用の可能性を探っている。
植物の凍結傷害は、主として膜機能の損失によって起こると考えられる。自然界で起こる細胞の凍結過程では、氷晶形成が細胞外で起こるため(細胞外凍結)、細胞内は
凍結温度に応じてかなりの脱水状態になる。そのため、細胞体積の減少、細胞膜系の物理的変形、といったことが起こる。その結果、各々の植物に特定の温度で細胞膜の選
択的透過性が失われ傷害を受ける。本研究分野では、凍結傷害の出現が膜(特に細胞膜)の脂質組成によりかなり支配されていることを明らかにした。現在、脂質成分の関
与をさらに詳しく調べると同時に、もう一つの重要成分である膜タンパク質の凍結下での膜安定性への影響を調べている。この研究は、低温適応植物や低温に強い生物素材
の開発にもつながる可能性を持っている。
一方、ある種の植物では、自分自身で熱を出して低温を回避し、外界から身を守ったり、春先早くに花を咲かせたりすることが知られている。この現象は、低温回避と呼
ばれるが、植物細胞においてはどのようなメカニズムで発熱が起こるのかについては未だ明らかではない。本研究分野では、ザゼンソウを用いて、発熱に関与していると考
えられるミトコンドリアの酵素をコードする遺伝子を単離することに成功した。
現在、実際にこれらの遺伝子が植物の発熱反応に関わっているかを遺伝子導入などの技術を用いて調べている。さらに、寒冷地に生息する未知の発熱植物の探索や関連する
遺伝子の同定等を行い、発熱関連遺伝子を用いた耐冷性植物のデザイン・作出への応用の可能性を探っていく。