自己紹介
学歴・職歴:
1977年 埼玉大学理工学部生化学科卒業
1979年 東京大学大学院農学系研究科農芸化学専攻修士課程修了
1979年 国税庁採用
1980年 仙台国税局鑑定官室
1985年 国税庁醸造試験所研究員
1994年 国税庁醸造試験所主任研究員
2001年 独立行政法人酒類総合研究所主任研究員
2004年 独立行政法人酒類総合研究所遺伝子工学研究室長
2009年 独立行政法人酒類総合研究所醸造技術基盤研究部門長
2011年 独立行政法人酒類総合研究所研究企画知財部門長
2014年 岩手大学農学部応用生物化学課程教授(現職)
最終学位:博士(農学)
清酒(日本酒)醸造は日本の伝統産業の一つですが、長い歴史の中で技術革新を繰り返してきたハイテクの塊でもあります。使用されている微生物である麹菌や清酒酵母も日本固有の微生物群から長い間の実地醸造によって選ばれてきた優秀な菌株です。私は今までに清酒酵母の優れた特性の原因となっている遺伝子について、最新のゲノミックスを駆使して解析を進めてまいりました。その結果、高泡形成や高い発酵力等の原因となる遺伝子を見出し、清酒酵母が独自の進化によって特異な能力を持つようになったことを明らかにしてきました。今後も清酒酵母の特性についての遺伝子レベルでの解析を続けていくと共に、今までの知識と経験を活かして新規な清酒酵母の開発にも取り組んでいきたいと考えています。
研究紹介
日本酒を造る酵母(清酒酵母)の特徴を遺伝子レベルで解明する
清酒酵母は、パン酵母や他の酒類製造用酵母と同様にSaccharomyces cerevisiaeに分類される酵母ですが、高いアルコール生産能や優れた香味の生成など、他の酵母とは異なる特徴を持っています。私たちの研究グループは清酒酵母の特徴を遺伝子レベルで解明する研究に取り組んできました。
① 清酒酵母の高泡形成遺伝子に関する研究
清酒酵母は清酒もろみにおいて高泡を形成しますが、現在では生産効率の向上のため、優良酵母から分離された泡なし変異株が広く使用されています。私たちは、高泡形成の分子メカニズムを解明する目的で泡あり酵母から高泡形成に関与する遺伝子AWA1をクローニングし、その構造を解析しました。その結果、清酒酵母の細胞表層にはAWA1遺伝子の産物である新規細胞壁タンパク質が存在し、それが細胞表層を疎水性にするために高泡が形成されることを明らかにました。一方、泡なし酵母では、AWA1遺伝子の変異のために酵母が泡に結合できなくなるので泡なしとなることがわかりました。
② 清酒酵母のゲノム解析
清酒酵母の遺伝子の特徴をより深く理解するために、産官学のグループから構成される清酒酵母ゲノム解析コンソーシアムを結成し、清酒酵母の全ゲノム解析を行いました。その結果、清酒酵母のゲノムは実験室酵母のゲノムと全体としてよく似ていましたが、両酵母間で異なる遺伝子や染色体の逆位構造を検出しました。本研究によって清酒酵母に多数の遺伝子変異が見いだされましたが、それらはその後の清酒酵母研究の基盤情報となっています。
③ 清酒酵母の高い発酵力の原因
清酒酵母は清酒もろみにおいて他の酵母よりも高濃度のアルコールを生産しますが、その原因となる遺伝子は不明でした。以前は清酒酵母の高発酵力はアルコール耐性が高いためと考えられていましたが、実際に調べてみると清酒酵母のアルコール耐性は他の酵母より低いことがわかりました。ゲノム解析の結果を利用して、アルコール耐性に関与する遺伝子群を調べたところ、清酒酵母にはMSN4、PPT1、RIM15などの遺伝子に変異があり、そのためにアルコール耐性は低いのですが、発酵力はかえって向上していることを明らかにしました。特にRIM15 の変異の効果は顕著で、実験室酵母のRIM15 を変異させると、アルコール感受性にはなるものの、アルコール発酵力は著しく向上しました。本研究によりアルコール耐性とアルコール発酵力は逆相関することが明らかとなり、アルコール耐性を低くすることでアルコール発酵力を向上させることができる場合もあることがわかりました。
今後も清酒酵母の特徴を支配している遺伝子とその働きを研究して、その成果を有用な清酒酵母の開発に応用していきたいと考えています。