寒冷バイオシステム研究センター | ||||||||||||||
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>年報 1999 (Vol.2)>V | [ 目次 | 巻頭言 | II | III | IV | V | VI | VII | VIII | IX ] |
◇日本学術振興会 「未来開拓学術研究プロジェクト」
研究テーマ:生命科学と化学的手法の融合による新有用物質生産
「無細胞蛋白質合成系の安定化と翻訳反応の効率化」研究班
(代表 愛媛大・工 遠藤弥重太 教授、研究分担者 寒冷シグナル応答分野 江尻愼一郎)
我々は、真核生物のペプチド鎖伸長因子1(EF-1)は4種類の異なるサブユニット(αββ'γ)より構成され、αサブユニットはアミノアシル-tRNAをリボソームに結合させ
る因子であり、EF-1ββ'γ(βおよびβ')は結合反応によりリボソームより遊離した不活性型のEF-1α・GDPを、GTP存在下に活性型のEF-1α・GTPに変換する因子である
ことを明らかにするとともに、長い間機能が不明であったEF-1γはglutathione S-transferase(GST)活性を保有することを明確にしてきた。本年度はGFP(green fluorescent
protein)とEF-1αとの融合タンパク質をタバコ培養細胞で発現させ、細胞内局在性を解析した結果、融合タンパク質が間期の細胞では細胞質のアクチンフィラメント上に、
また細胞分裂途上の細胞では、染色体の分離に関与するキネトコア上に存在すること等、予想外の成果が得られた。
研究テーマ:植物の殺虫性環状ペプチド類の探索と利用技術の開発;殺虫性物質の合成関与遺伝子の単離および構造の解析
(代表者 中国農業試験場 石本政男、研究分担者 寒冷シグナル応答分野 江尻愼一郎)
殺虫性環状ペプチドvignatic acid(VA)の生合成機構を明らかにすることを目的に、アズキゾウムシ抵抗性のリョクトウ野生種(TC1966)から、粗抽出液を調製し、ゲル濾
過、ヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー等で、VA合成酵素の単離を試みている。これらのカラムクロマトグラフィーで、VAを構成するLeu、PheおよびTyrをATP
存在下に結合する画分が得られたので、VAはグラミシジンSのように、酵素複合体で合成されるものと推定した。今後、活性画分をさらに精製し、VA合成酵素複合体を単離
する。
研究テーマ:植物の耐寒性形質に関わる分子機能の複合的解析とその応用
(総括研究代表者:生体機能開発研究分野 上村松生)
本事業は、「新しい発想に立って生物の持つ様々な機能を高度に利用した新技術・新分野を創出するための基礎的、独創的な研究を通じて、農林水産物の高付加価値化や
新需要の開拓、農林水産業、食品産業、たばこ製造業等の生産性の飛躍的向上、地球規模の食料・環境問題の解決等に資すること」を目的として、平成8年度開始された。
5つの研究分野(・生物機能解明・生産力向上分野、・高機能・高品質食品分野、・生物系素材分野、・生物機能利用による環境改善分野、・共通基盤研究その他生物機能
の高度利用のための研究分野)を対象として毎年公募され、書類・面接審査を経て、10課題程度が毎年採択されている。研究費は毎年1億円程度、研究期間は5年間である
が、3年目に外部評価委員を含むメンバーによる中間評価を受け、その後の研究の是非、方針、研究グループ構成などが審査される。
平成11年度に採択された本課題は、・地球温暖化が徐々に進行する現在においても、低温は世界の作物生産に影響を与える最大不安定要因の一つである、・事実、世界各
地で頻発する局地的異常低温により、毎年膨大な凍霜害が発生している、そして、・その被害を軽減するため、低温誘導遺伝子やその転写因子を導入し耐寒性を増大させる
試みがなされているが、複雑な耐寒性形質のために低温誘導遺伝子発現と凍結傷害発生回避機構との因果関係がはっきりしておらず、効率的アプローチを確立するには至っ
ていない、という認識のもとに他って開始された。本課題の大きな特徴は、現在までの研究では関係がやや疎遠であった耐寒性研究における分子生物学的アプローチと生理
・生化学的アプローチを効率よく組み合わせることにある。そうして得られた結果は、高耐寒性(冷温耐性+低温生育能+凍結耐性)植物を開発するための基礎的データとな
りうる。
現在までの報告を見てみると、多くの研究グループが低温誘導遺伝子を単離同定し、それらの遺伝子を導入した形質転換体を作製した後、ストレス耐性の変化を検討して
いる。事実、遺伝子導入によりストレス耐性が増大した例もいくつか報告されている。特に、アメリカ・ミシガン州立大学のThomashowのグループや農水省国際農研、及び、
理化学研究所の篠崎らのグループによって見いだされた低温誘導性転写因子(CBFまたはDREB)導入により耐凍性が大きく増大した植物が作製されたことは記憶に新しい。
しかし、これらの報告例は耐凍性の増大は見られたものの、耐凍性増大に至る分子機構に関しては全く触れられていない。事実、低温誘導遺伝子のうち直接耐凍性増大に
結びついた機構が判明しているのは、たった一つ(COR15a)を除いて報告がない(Steponkus et al., 1998)。つまり、報告されている多くの低温誘導遺伝
子のいくつが直接耐寒性獲得に関連しているのかは不明のままである(低温誘導遺伝子の中には耐寒性獲得とは何の関係もないものが含まれている可能性も大いに存在する)。
今後、耐寒性の増した有用作物を作製するためには、どの遺伝子発現がどのような機構で耐寒性を増大しているのかという因果関係を特定した上で、その分子育種論を構築
していくことが必要である。
さらに、耐寒性を獲得していく際に細胞内でどのような変化が起こっているのか、また、耐寒性の異なる植物ではその獲得機構が異なっているのか、といった基礎的な知
見も非常に重要である。例えば、カラスムギのある品種のように最大でも-10℃付近までしか耐えないもの、ライムギのある品種のように-30℃付近まで耐えられるもの、そ
して、真冬のクワ皮層細胞のように液体窒素温度(-196℃)まで耐えられるものでは、同じ機構で耐寒性を獲得してきたのであろうか、といったことはまだ明らかではない。
このような知見なしでは、一段階上の耐寒性をある有用作物に付加しようといった研究は不可能であろう。
このようなことを話し合っているうちに、本研究課題を提案して見ようということになった。分子生物学的アプローチを得意とする研究者と生理・生化学的アプローチを
得意とする研究者を組み合わせて、今後の低温ストレス耐性獲得機構を効率的に明らかにしていこうということで、各人の思うところが一致した。幸いにも、今回、生研機
構研究費に応募し採択されたわけである。
具体的には、本課題は5つの研究中課題からなっており、・遺伝子を強調発現させるアクティーベーション・タギング法により、耐寒性を持たない植物にも応用可能な新
しい耐寒性関与遺伝子を探索する、・耐寒性の程度や様式の異なる様々な植物を用い、耐寒性に関わる物質の分子作用機構を単離細胞やモデル系を用いて解析すると同時に、
耐寒性に関与する物質をコードする遺伝子の単離・解析を行う、及び、・以上の研究により得られた耐寒性関与遺伝子やその調節因子をコードした遺伝子を導入した形質転
換体を作成し、個々の遺伝子の耐寒性機構への関与を解析する、ことを行う予定である。材料としては、シロイヌナズナを始め、タバコ、コムギ、バラ科・ツツジ科の多種
の植物、クワ、シラカバ、ヒメツリガネゴケ、と多くの植物を用いる。これは、多くの植物を用いて耐寒性獲得機構を解明することが、複雑で興味深い耐寒性という適応機
構を理解していく上で非常に重要であると思われるからである。
このような耐寒性形質に関する遺伝子発現レベルと生理機能レベルでの研究を有機的に連関させたプロジェクトは今までに例が無い。5年間の研究期間の終了時までには
有意義な研究成果を得て、次のさらなるプロジェクトを立ち上げられるよう努力していきたい。なお、研究担当者と研究中課題は以下の通りである。
・ アクティーベション・タギング法を用いた植物耐寒性関与遺伝子群の探索
西田 生郎(東京大学大学院理学系研究科)
・ 植物耐寒性関与遺伝子のアクティーベーション・タギング法による分離と遺伝子導入による植物耐寒性の改良
和田 元(九州大学大学院理学研究科)
・ 耐凍性増大の分子的メカニズムに関する基礎的研究:生体膜の安定性に注目して
上村 松生・伊藤 菊一(岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター)
・ 高耐寒性植物に存在する凍結制御機構に関わる分子機能の解析
石川 雅也(農林水産省農業生物資源研究所)
・ 低温誘導遺伝子の耐凍性に及ぼす機能的役割の解析
藤川 清三・荒川 圭太・竹澤 大輔(北海道大学低温科学研究所)