寒冷バイオシステム研究センター
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>年報 1999 (Vol.2)>VII目次 | 巻頭言 | II | III | IV | V | VI | VII | VIII | IX

VII.国際交流及び地域交流

1.伊藤講師 "Early Career Scientist Best 6 " に選ばれる!!(ゴードン会議「植物の温度ストレス」参加報告)

             生体機能開発研究分野 講師 伊藤菊一・教授 上村松生

 「植物の温度ストレス」をテーマに米国カリフォルニア州のベンチュラで開催されたゴードン会議に生体機能開発研究分野の上村と伊藤が参加する機会があった。その内 容を報告する。会議の参加者は18ヶ国、138人で29題の口頭発表と60題のポスター発表が行われた。
 この会議で、本センターの伊藤が「Early Career Scientist 賞」選ばれたことは特筆すべきニュースである。「Early Career Scientist 賞」はポスター発表者の中から 若手研究者6人を選出し、その研究内容を口頭で発表する機会が与えられ、さらに、国際細胞ストレス学会 (Cell Stress Society International) の会員に1年間登録さ れるというものである(詳細についてはゴードン会議のホームページ、 http://hort.ifas.ufl.edu/tempstress/を参照)。今回の伊藤の発表は、春先に花を咲かせ、その際 に発熱することが知られているザゼンソウの発熱メカニズムに着目した内容で、freezing tolerance や cold acclimation についての発表が中心の会議においては、比較 的ユニークな研究として受け止められたようである。参加者の中には、ザゼンソウ自体を知らない研究者も多く見受けられ、地域特有の植物資源を扱う研究も十分に世界に 通用する可能性があることを痛感させられた。
 以下に、会議の内容からいくつかのトピックスを報告したい。 Vernalizationについては、 T. Gendall (英国、John Innes Centre)がアラビドプシスの変異体を用いた 解析から、vernalization の成立に必要な因子をいくつか同定しており、このうちVRN2 と名づけた因子はzinc finger を持つ転写因子として作用することを報告していた。 VRN2の植物体における発現部位は検討中とのことであったが、これからVRN2のターゲット遺伝子の解析も進んでいくことが予想された。
 また、生体膜に関連した発表もいくつか行われた。低温適応(0度以上)に関連したものでは、N. Murata (日本・基礎生物学研究所)が、ランソウの低温感知は細胞膜 流動性が低温により低下することが引き金になるという説を提案していた。それによると、細胞膜流動性が低下することによって、細胞膜状に存在するhistidine kinase活 性が変動し、一連の経路を経て様々な適応反応をもたらす、というものである。今までの研究は、低温による膜流動性低下と低温傷害とを結びつけて論じるものがほとんど であったが、本報告はそれとは逆に膜流動性低下が低温シグナルを感知するものであるとした点で興味深い。同様の見地から、L. Vigh (ハンガリー科学アカデミー)も報 告を行い、人工的に膜脂質脂肪酸組成を変化させた時の、膜流動性、膜酵素活性、及び、細胞の低温適応能の関連を示していた。
 一方、凍結温度への適応に関しては、T. Close(米国、カルフォルニア大学)がdehydrin(種子の登熟後期に出現するタンパク質の一種で、乾燥耐性の増加に貢献してい ると考えられている。低温順化過程で増加してくるものも存在する。)の分子特性と膜との相互作用の可能性を報告した。Dehydrinは、両親媒性α-ヘリックス構造をとり、 熱処理しても安定であるという特徴を持つ。通常状態では、細胞質に存在する可溶性タンパク質であるが、細胞が脱水される過程で、膜に接近し相互作用し膜安定性を増加 させることもあり得るのではないか、という提案がなされた。昨年報告された免疫染色法を用いた電子顕微鏡観察において、dehydrinが脱水された細胞では原形質膜近傍に 局在するということと併せて考えると興味深い。
 さらに、P. Steponkus(米国、コーネル大学)は、シロイヌナズナの遺伝子導入体を用いて条件を様々に変えた実験結果から、低温馴化能に対する膜脂質成分変化、細胞 内糖の蓄積、及び、低温誘導遺伝子発現が、それぞれどの程度貢献しているかを定量的に調べることができることを報告した。これは、遺伝子導入により凍結耐性が増加し た植物を作成しようとする際、それぞれの導入する(低温誘導)遺伝子の作用機作をきちんと押さえておかないと期待した効果が出ないことを明らかに示している。また、 他の要因との相互作用によって凍結耐性が増加するので一つの要因だけで凍結耐性が増加する程度は限られていると予想される。遺伝子導入による凍結耐性が増加した新規 植物の作成には、まだまだ越えなくてはいけないハードルが数多く存在するということを強く認識した。


2.細胞複製、遺伝子発現における細胞核構造の役割に関する調査研究

              細胞複製研究分野 助教授 斎藤靖史

 本年(1999年)の9月6日から10月6日までの1ヶ月間、創造開発研究海外調査のため、スイス・ジュネーブのジュネーブ大学分子生物学研究所、スイス・ローザンヌのスイス がん研究所に調査研究にいってきました。調査研究テーマは「細胞複製、遺伝子発現における細胞核構造の役割に関する調査研究」で主にジュネーブ大学のUlrich K. Laemmli 教授の研究室で調査研究を行いました。
 Laemmli教授はタンパク質の電気泳動法で現在もっとも一般的な不連続バッファー系を用いたSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動法の発案者でその泳動法はLaemmli法と もよばれています。その発明は1970年にNature誌に発表されましたが本人は現在まだ50歳代で、その後、染色体構造の解析を中心に著名な論文を数多く発表し続けています。 特に、1977年Cell誌に発表されたThe Structure of Histone-Depletted Metaphase Chromosomes (Cell 12, 817)では染色体の基本構造がDNAのループから構成されているこ とを明確に示し、そのインパクトの高い電子顕微鏡写真は多くの教科書に使用されています。最近ではNHKの番組「驚異の小宇宙人体III 遺伝子・DNA」でも引用されてい ます。
 私はポスドクとして3年半の間、「M期染色体構造と染色体バンドに関する研究」をLaemmli教授のもとで行ったことがあり、また多くの影響を受けた事もあって今回、最 新の情報を収集するためにこの研究室を選びました。
 現在、Laemmli教授の研究室では4人のポスドク(その内2人が日本人)、1人のドクターの学生、2人の学部学生、2人のテクニシャンが研究に従事しており、比較的小規模の 研究室ではありながら、質の高い研究結果が得られています。Laemmli教授自信はもっとやりたいことがあり、もっと多くの学生、ポスドクがほしいそうなので、興味のあ る方は連絡してみるといいと思います。
 さて、最近の研究結果についてですがまず、BEAF (Boundary Element Associating Factor) タンパク質に関する研究があります。最近、遺伝子導入による動物・植物の 機能の改変がよく行われるようになりましたが、導入遺伝子が染色体のどのような部分に入り込むかによって導入遺伝子の発現レベルが変化する現象が問題となっています。 染色体上では遺伝子密度の高く、そしてそれらの発現が活発なドメイン(ユークロマチン)と遺伝子密度が少なく、転写されている部分が少ないドメイン(ヘテロクロマチン) が存在しています。外来遺伝子がユークロマチンに導入された場合、発現されることが多いのですが、ヘテロクロマチンに入った場合には発現が抑制されます。 また、外来遺伝子が数珠つなぎに多コピー導入されるとそれ自体で発現が抑制されることもあります。
 BEAFタンパク質はSCS'と呼ばれる特殊な配列に結合するタンパク質です。SCS'配列を遺伝子の両端に結合させたものを染色体上のヘテロクロマチンドメインに導入させる と、BEAFタンパク質がSCS'配列に結合することにより、SCS'配列で囲まれた導入遺伝子がその外側の不活性化ドメインの影響を受けなくなり、発現することが示されていま す。この現象を応用することにより、導入遺伝子の安定な発現制御に応用できると考えられます。
 もう一つの重要な研究は20年間以上つづけられてきた研究で染色体構造に関するものです。細胞周期の分裂期に染色体が凝縮するためにどのようなタンパク質がどのよう な調節を受けて染色体が構築されていくかという点についての解析が進められています。詳しくはインターネットのサイト  http://www.unige.ch/sciences/biologie/bimol/PACKGENE/PAGE1.html を参照してください。また、染色体凝縮やDNAの複製、遺伝子の発現に重大な影響を与えると考えられているDNA配列SAR(Scaffold Associating Region)に関する研究が進ん でいました。
 その他に特に新規の研究では、ある種の特殊なDNA配列に特異的な結合物質の開発が行われており、それを用いたゲノム構造の解析や遺伝子の発現制御に関する研究が行 われていました。これらの物質は細胞内には存在していない物質ですが、それを用いた応用面での可能性が大いに期待できると考えられます。
 最後に、研究に関係する実験器具、器械についてですが、それほど多くのものがあるわけではなく、必要不可欠な設備にとどまっているという感じがしました。また、研 究所全体で共通に使用できるものがあり、十分であるように思えました。しかしながら、顕微鏡に関しては比較的に充実しており、最新の型ではありませんが共焦点レーザ ー顕微鏡があり、細胞内構造の3次元構造を解析することが出来ます。
 最近これに加えて、最新のCCDカメラとコンピューターで制御されたステージ移動システムを持った顕微鏡システムが導入されていました。これにより、3次元構造データ を自動的に収集し、能力の高いパーソナルコンピューターにより、焦点面外のシグナルを計算により取り除くことができるため、短時間で共焦点レーザー顕微鏡に匹敵する 3次元構造を再構築することが出来ます。
 以上、Laemmli教授の研究室について書きましたがそれ以外にDNA複製に関する研究についてローザンヌのSusan M. Gasser教授、その他多くのセミナーに参加することに より、最新の情報を収集することができました。特に、3ヶ月に1回開かれるクロマチンクラブと呼ばれる細胞核、クロマチン構造と発生、遺伝子発現、DNA複製に関係する 研究を行っている研究者のミーティングに参加することができ、このような比較的広範囲の分野の研究者の集まったミーティングの重要性を再認識することが出来ました。
 寒冷バイオシステム研究センターにおいても今後セミナー、ミーティングを行ない、より多くの分野の研究者との交流をはかることが重要であると思いました。

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