機能性穀類 (雑穀) の食品機能性研究

I. どんな研究か

雑穀、なぜいま注目されているか---内外の生産の現状とその生理機能性---

目 次

1. はじめに

2.  今ごろ、なぜ雑穀か

3. 雑穀の起源、世界、国内の生産、及び栽培

4. 雑穀と健康

5. 今後の雑穀研究の展開

6. さいごに、身土不二からグロ-バル化へ

 

1. はじめに

9月末から10月にかけて、岩手県の山々の農村では、そば、キビ、アワ、ヒエなどの雑穀の乾燥風景が見られる。これらは、岩手県の県北や中山間地の普通の農村風景である。都会の雑踏の中で暮らす人々にとっては、乾いた秋空に誘われてグリ-ンツ-リヅムにでも出かけたい農村の郷愁を誘う風景であろう。運が良ければ、ヒエ島(ヒエを束ねてた乾燥する方法で、畑には島のように見える)の風景も見られる。岩手県は、80%が山また山で、今日で云う中山間地で占められている。昔は雑穀は、輪作作物として、自然の栽培体系の中に取り入れられて食糧にされていた。しかし、岩手は日本のチベットと蔑まされていたように、雑穀は寒村の貧しい食べ物のイメ-ジが未だに強く、今日でも、その栽培普及の妨げになっているように思われる。昔、米が食べられない時代には、人が亡くなる時に、米を竹筒に入れてそのガサガサと云う音を聞いて、これが米だと聞きながら息を引き取ったと伝えられている。しかしこの事は、これらの農村では米食とは異なった山村の豊かな雑穀を中心とする食文化を長い歴史の中で形成していたことを示している。北上川の流域は、今でこそ豊かな米作地帯であるが、戦後の23年頃までは水利や開田が充分なされておらず、不足分の食糧にアワなどの雑穀を沢山食べていたのである。

2. 今ごろ、なぜ雑穀か

それでは、今ごろになってなぜこんなに雑穀が注目されてきたのであろうか。以下のような事が理由にあげられよう。アレルギ-代替穀物:一つは、アトピ-性皮膚炎などのアレルギ―の代替穀物としての価値が認識されて来たことであろう。無農薬:更に、無農薬で栽培可能な唯一つの作物であることである。消費者の安全志向であろう。価値観の逆転:もう一つは、価値観の逆転である。現在、米10キロの価額は安いもので3千円から高いもので6千円くらいであるが、今や雑穀は地元でさえ10キロ1万円以上で売られ、都会では、2万円以上もする高価な商品となって流通している状況である。農家の収入も、10ア-ル(一反)当たり20万円にもなる場合がある。国産志向:更に、国産志向である。一頃の安価な外国産ブ-ムとは異なってス-パや食品産業は、国内産の品質の良い美味しい食材・加工食品を希望している。また、消費者も安心できる地場産の農産物を利用した健康志向の食品を望んでいる。 その顕著なのが豆腐・納豆業界で、国産のタイズを増産して欲しいと要望しており、少なくとも現在の2倍以上の30万トンの生産量を求めている状況である。美味しい:素材が美味しいことである。雑穀の大きな人気の一つは美味しいことである。白米に少し雑穀を混ぜるだけで、真っ白なご飯に比べて、ずっ-と美味しご飯となる。植物性食品への回帰:19995年改定のアメリカの食事ガイドライン、Dietary Guidelines for Americans (3)では、穀物及びその製品、野菜、果物の摂取推奨の順位がこれまでの4位から3位へ繰り上がった。また同時に、一般の消費者の啓蒙のためのFood Guide Pyramid の食事グル-プも同様に順位を変更している。これによって、カロリ-の多くを穀物及びその製品から取るように進めている。また、最近のアメリカ穀物化学会(AACC)の動向として、大麦、ライ麦、オ-トなどの、血中コレステロ-ル低下作用や大腸ガンを防ぎ、また抗酸化機能を有する穀類を機能性穀類 (Functional Cereals)と呼称しており、大豆製品とともに、穀類それも全粒穀物製品(4)の摂取を盛んに進めている状況である。これらの穀類は世界的な健康のための穀類・野菜を中心にした植物性食品消費の回帰傾向にかなっている。植物性食品への回帰は明かであろう。私どもの雑穀研究:最後に、私どもの以下のような雑穀の機能性の研究成果も、少なくとも普及に役立っていると思われる。

3. 雑穀の起源、世界、国内の生産、及び栽培

雑穀の起源:雑穀の起源、伝播経路についは、阪本の研究著書に詳しく述べられているので、それらの著書を参照願いたい。日本においては、5500年前の三内丸山遺跡に雑穀の種実の遺物が出土しており、すでにその頃から栽培化して、食糧として利用していたと考えられる。また、岩手県の近辺では、六ケ所村遺跡、八戸遺跡で、それぞれ、4500年前、3500年前にも、雑穀の遺物が出土しており、長い間にわたって食糧にされてきたことが伺える。

世界の生産:雑穀は、意外とその生産量は少ないと思われがちであるが、主要穀物の小麦、米、トウモロコシの5億トンに対して、雑穀の生産量は1億トンであり、大豆や魚の漁獲高とほぼ同じである。その内、6千600万トンはモロコシと家畜用のマイロで、残りおよそ2千800万トンは、キビ、アワ、ヒエ、テフ、トウジンビエなどの雑穀である。その内訳は、先進国が2千600万トン、発展途上国の生産量が6千800万トンである。また、国別で生産量の多い国は、中国、インドである。

国内、県内の生産量:日本では 、キビ、アワ、ヒエなどの雑穀は、戦前までの食糧不足を補うような重要な役割を担っていた。戦後、米などの主食は飛躍的に増産が図られ、水資源・水利事業の改善によって戦前には不可能であった地域でも稲の栽培が可能となり、それによって米の自給が達成された事や、経済成長と共に食肉や国民の消費を満たすような多彩な加工食品の生産も次第に増え、農林統計にも記載されないほどに減少、衰退するようになった。 しかし、現在では需要に供給が追いつかないのが現状である。このように、国内生産量は少なく、国内の雑穀市場の90%は輸入品であると推測されている。これに対して最近、岩手県で、ヘクタ-ル単位で栽培して、雑穀の生産販売だけで100万円も売ろうとしている意欲的な農家が出てきている。

栽培 :岩手県は80%が山また山、及び中山間地であり、昔から、二年三毛作の輪作大系の中で雑穀が栽培されて食糧とされていた。その輪作大系の一つとして、久慈の山根地区の例では 、大豆-アワ(ヒエ)-大豆-アワ-ソバ、を基本としていて、イネ科とマメ科の組み合わせで連作障害を克服して地力の維持をしていた。雑穀栽培、脱穀、搗精については、岩手県では、5月20頃に種子を播き、2-3回手取りや小型機械で除草をする。除草は、最低一回でも収穫可能である。9月末から10月初めに刈り取る。鳥の害に対しては、穂が出始めたころより、防鳥ネットを張る。また鳥害を防ぐために、完熟より少し早めに刈り取ることも大切である。搗精には、コメ用の搗精機を雑穀用に改良した機械を使用したり、地元精米業者は独自のノウハウで精白をしている。

岩手大学農学部は、「浄法寺町の地域活性化のための農学研究」という研究課題で、浄法寺町の地域農業活性化の支援研究を行っているが、著者は農家の方々の協力で雑穀栽培の推進と製品開発をすることを行っている。昨年の栽培実績は、1反当たりのモミの収量が、アワ 228 kg、ヒエ 215 kgであった。栽培で何が一番大変かと云うと、草取りである。その辺をどのようにして改善、機械化をしていくのかが、今後の課題である。

4. 雑穀と健康新聞報道

著者らの研究によって、雑穀は次のような機能性を有する事が明らかになってきている。ラット及びマウスの実験で、20%のキビ蛋白質を含む飼料を3週間与えると、顕著に善玉コレステロ-ルである血中の高密度リポ蛋白質(HDL)-コレステロ-ル濃度が上昇する事が解った。これらの作用は、デンプン、アミノ酸の影響ではない結果を得ている。

血中のHDL-コレステロ-ルには、動脈壁などの末梢組織から過剰のコレステロ-ルを引き抜くいわゆるコレステロ-ル逆転送の働きがあり、その機能によって動脈硬化症を予防したり、軽減化する。更には、HDL-コレステロ-ルは、LDL(悪玉)-コレステロ-ルの酸化抑制や血栓防止、最近では抗エンドトキシン機能の新規な生理機能性が報告されており、それによって健康を保つ機能がある。そのため、上述の機能性穀類の観点から見ると、雑穀はもはや機能性シリアル、すなはちヘルシ-シリアルと呼ぶ事がふさわしいであろう。アワ、およびヒエについても、同様な効果を確認している。

上記のような血漿HDL-コレステロ-ル濃度上昇機能が、ホルモンの作用にどのように影響を与えているのか、またHDL粒子の主要なアポリポ蛋白質であるapo A-Iの合成やその遺伝子への影響など、どのようなメカニズムで作用しているのか研究を進めている。

5. 今後の雑穀研究の展開

私どもの研究の途上で、130年前のアワが農家の蔵から出てきたと云う報道がなされ、早速その昔のアワを農家から供与していただいた。そこで、このアワは現在栽培されている物と同じ物なのであろうか、あるいは従来、在来種とか中国由来とか言われている物に本当に違いがあるのだろうかと云う疑問を持ち、現在遺伝子解析で識別する研究を実施している。このような品種別の研究によって、より一層機能性に優れた品種が見い出されるのではないかと期待感を持っている。そこで著者らは、蛋白質及びゲノム解析による優良品種の識別、選抜・育種とその食品機能性研究を進めている。SDS-電気泳動の結果には、14.5KDaから20KDaのプロラミン画分に差がみられており、その画分に着目している。これらから、タイピングの違いや、泳動度の差が遺伝子の多様性や変異に由来するのかについて研究をさらに進めている。さらに、蛋白質の一次構造と機能との関連性にも注目している。一方、雑穀の品種間には、穂型に違いが見られるため、これとの関連でも非常に興味があるところである。それと共に、実際にヒトにおける効果実験が必要であろう。

6. さいごに、身土不二からグロ-バル化へ

地域農業、食品産業への貢献、及び新食品開発:雑穀は、唯一の無農薬で栽培可能な作物で、耐干性で、冷涼な気候に最もふさわしく、冷害に強くこのような不良な気候条件においても生産することができる。これこそ、環境保全型作物・食品であろう。しかも上述のように、これらの穀類は世界的な健康のための穀類・野菜を中心にした植物性食品消費傾向にかなっている。

ヘルシ-シリアル新食品開発と普及:従来品のせんべい、マフィン、クッキ-、ビスケット、アイスクリ-ム、パン等の雑穀素材加工製品を地元企業と開発しているが、それらに加えて若者や大都市消費者向けの新規な食品の開発を考えている。さらに、雑穀は、米にこれらの雑穀を少し混ぜるだけで、真っ白なご飯に比べて、ずっ-と美味しいご飯となる。学校では子供たちは、先入観がなくキビご飯やアワご飯を食べてくれる。学校給食で(22)、子供たちが本当に美味しいと食べてくれるような製品を、作ってみたいと願っている。

身土不二からグロ-バル化へ:最後に、この様な雑穀の多彩な食品への応用と新規な食品開発・普及は、農家を悩ませている減反の田や未利用の畑を活用することができ、適地適作の地域農業の振興や新規な地域ブランド食品開発・食品産業起こしへの道が開けるものであり、今日の食糧自給問題にも参考になるように思われる。岩手県に伝えられている言葉に、”身土不二”(「しんどふじ」:その土地で暮らす人が、その地域で取れた農産物を食べる事が健康に良い、と云う意味)と云うのがある。まさに、健康は地域の資源からと言えよう。さらに、地域にとどまらず、グロ-バル的規模での展開を考えている。

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II. 製品化研究

雑穀(ヘルシ-シリアル)の新製品

(1) せんべい、クッキ-、マドレ-ヌ など

(2) アイスクリ-ム

(3) 食パン;グリ-ンベルとの連携研究

(4) キビの三色冷麺を公表。新聞報道

(5) 現在、更に、新製品開発中

 

III. 機能性穀類 (雑穀)のための研究、及び解説資料

二戸市振興局編集、雑穀パンフレット「穀彩王国からのおくりもの」(1999)

雑穀、なぜいま注目されているか、「栄養と健康のライフサイエンス」(1999)、4(1)、69〜73

書籍「雑穀〜つくり方・生かし方」創森社(1999)、32〜34ペ-ジ

「食品と開発」3月号(1996)

NHK「今日の健康」12月号(1997)

「化学と生物」31(3)、567 (1993)

新聞紙上での記事:岩手日報、平成6年10月29日、平成8年9月22日

         河北新報、平成7年1月5日

学会での発表:平成6、7、8年度日本栄養・食糧学会

4. 連絡先:西澤直行