寒冷バイオシステム研究センター
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III.平成13年の研究活動と研究成果

1.細胞複製研究分野(堤 賢一、斎藤 靖史)

 本研究分野は細胞分裂の課程で細胞の機能がどのような仕組みで維持されたり変化したりする仕組みを解明し、細胞や生物個体に外来遺伝子を導入して新規機能を持たせ る際に導入遺伝子を安定に維持し機能発現させることを目指している。
 本研究分野の現在の研究課題は主として次の3つである。

 (1)染色体遺伝子の複製と転写を統御するメカニズム
 (2)葉緑体遺伝子の複製開始機構
 (3)植物遺伝子のメチル化

(1)の研究は染色体の機能ドメインの同定とドメイン間の相互作用の解析から染色体全体を統御する仕組みを知ることを目的としている。細胞分裂の際、遺伝子の複製( コピー)が染色体上のどこから始まるかが周辺遺伝子の発現のオン-オフにどのように関わるかが現在の具体的テーマである。これまで、ラットの染色体にある複製開始領 域(oriA1)を明らかにし、それが肝細胞特異的に転写されるアルドラーゼB遺伝子(AldB)プロモーターを含むことなどを明らかにしてきたが、今年度の研究でAldB遺伝子を 転写していない細胞ではoriA1 が複製開始領域として機能するが、転写している細胞では複製開始領域となっていないことを明らかにした(宮城ら、FEBS Lett. ,2001)。 このことは細胞特異的に働く、複製と転写を連絡し制御するメカニズムの存在を示している。さらに、AldB プロモーター中の制御エレメントの1つに作用する新規タンパク 質因子を同定しその構造を決定した(矢吹ら、Gene, 2001)。このタンパク質は複製開始と転写抑制の両者に関わると思われ、興味がもたれる。今後、oriA1に作用する他の タンパク質因子の構造の解明を進め、それらの機能の解析を行って染色体機能を統御する仕組みに一歩近づきたいと思っている。

(2)の研究は葉緑体遺伝子の複製機構の解明を目的としている。葉緑体は光合成など種々の重要な機能をもち植物の遺伝的改変(育種)の上でも重要な標的器官であるが その遺伝子の複製機構や増殖(数の制御)はよくわかっていない。この研究ではそれらのことを明らかにしようとしているが、今年度はイネの葉緑体遺伝子の複製開始領域 を決定し、それがこれまでタバコやエンドウマメで知られているものと異なることを明らかにした(王、岩手大学大学院連合農学研究科、平成13年度博士論文;王ら、Plant Biotechnology, 印刷中)。

(3)はDNA メチル化が遺伝子機能にどのように関わるかという課題である。通常の細胞(体細胞)は雌雄由来の一対の染色体をもつ。2つの染色体は同じ遺伝子をもつが 雄由来か雌由来かはマークされており、特定の遺伝子座ではどちらが機能(発現)するかあらかじめ決定されている。従って、組み換え体作成のために遺伝子を導入すると どちらの染色体に導入されたかが発現に影響し、また、遺伝様式にも関わる。このような雌雄由来染色体のマーク付け(インプリンテイング)にはメチル化が関わっている が、植物では不明な点が多い。このような観点から、我々はアブラナを用いてメチル化される遺伝子の網羅的解析を進めている。今年度は、花粉でメチル化されている遺伝 子を幾つか同定し、それらの塩基配列を決定した。それらの中には、花粉成熟過程で一時的に発現するものもあり、花粉成熟における機能に興味が持たれる。

(a) 発表論文
S. Miyagi, Y. Zhao, Y. Saitoh, K. Tamai and K. Tsutsumi (2001)
Replication of the rat aldolase B locus differs between aldolaseB-expressing and non-expressing cells. FEBS Lett. 505: 332-336.  [Summary]

T. Yabuki, S. Miyagi, H.Ueda, Y. Saitoh and K. Tsutsumi (2001)
A novel growth-related nuclear protein binds and inhibits rat aldolase B gene promoter.
Gene 264: 123-129.  [Summary]

(b) 学会発表
Y. Saitoh,M. Saitoh,H. Ariga,K. Tsutsumi (2001) 
A novel hnRNP family protein AlF-C interact with Orc1 and down-regulatestranscription.
The 3rd Symposium on DNA Replication, Recombination and Repair, Program & Abstracts book, 87.

斎藤靖史,齊藤美香,有賀寛芳,堤 賢一 (2001) 
ラット複製開始領域に作用する転写制御因子の核内局在性および複製開始因子(Orc1)との相互作用の解析. 日本分子生物学会第1回春季シンポジウム,講演要旨,39.

斎藤靖史,齊藤美香,有賀寛芳,堤 賢一 (2001) 
細胞増殖期に発現が上昇する転写抑制因子とDNA複製開始因子との相互作用.
第74回日本生化学会大会,生化学,73,714.

斎藤靖史,齊藤美香,有賀寛芳,堤 賢一 (2001) 
転写とDNA複製開始に関与するhnRNPタンパク質AlF-C.
第2回岩手ゲノムサイエンス研究会,プログラム,7.

斎藤靖史,齊藤美香,有賀寛芳,堤 賢一 (2001) 
転写とDNA複製開始に関与するhnRNPタンパク質AlF-C.第24回日本分子生物学会年会ワークショップ「hnRNPタンパク質の多機能:最近の進歩」,講演要旨集,334.

下平義隆,小野寺裕一,宮城 聡,斎藤靖史,堤 賢一 (2001) 
ラットDNA複製開始領域に作用する塩基配列特異的一本鎖DNA結合因子.
第24回日本分子生物学会年会,講演要旨集,504.

(c) 講演等
堤 賢一 (2001) 
複製開始位置と転写制御. 琉球大学医学部,沖縄,2000年1月

(d) 他の学内研究室および学外研究機関との共同研究(下線は当センター所属の教員、院生、学生)
M. Yoshino, A. Kanazawa, K. Tsutsumi, I. Nakamura and Y. Shimamoto (2001)
Structure and characterization of the gene encoding a subunit of soybean β-conglycinin.
Genes Genet. Syst. 76: 99-105.  [Summary]

K.-J. Wang, Y. Takahata, K. Ito, Y. Zhao, K. Tsutsumi and N. Kaizuma (2001)
Genetic characterization of a novel soybean kunitz trypsin inhibitor.
Breeding Sci. 51: 185-190.  [Summary]

松田 諭,山下哲郎,宮城 聡,堤 賢一,平 秀晴 (2001) 
センダイウイルス感染細胞における小胞体分子シャペロンの細胞内動態. 第74回日本生化学会大会,生化学,73,921.


2.寒冷シグナル応答研究分野(江尻 愼一郎、木藤 新一郎)

 本研究分野では、寒冷刺激が細胞や個体に生じさせる分子シグナルの伝達経路、その応答や記憶の機構、また、寒冷地に棲息する生物に特有の寒冷耐性機構を解明するこ とを目的とし、本年度は以下の研究課題を中心に研究を展開した。

(1)翻訳制御系に対する寒冷ストレスの影響
(2)植物細胞紡錘体に対する低温の影響
(3)オオムギの春化誘導機構

(1)翻訳制御系に対する寒冷ストレスの影響
 タンパク質生合成とその制御機構を解明することは、バイオサイエンスおよびバイオテクノロジーにおける最も重要な基盤である。農業生産においても、タンパク質が、 何時、何処で、どのくらい作られるかを知り、その過程を制御するシステムを解明し、生物生産の量的・質的改善に応用することが中心的課題となる。特に、"やませ"の常 襲地帯である岩手県においては、翻訳制御系に対する寒冷ストレス影響を解析する必要がある。
 我々は、真核生物のペプチド鎖伸長因子1(EF-1)が4種類の異な るサブユニット(αββ'γ)より構成され、αサブユニットはアミノアシル-tRNAを リボソームに結合さ せる因子であり、EF-1ββ'γ(βおよびβ')は結合反応により リボソームより遊離した不活性型のEF-1α・GDPを、GTP存在下に活性型のEF-1α・GTPに変換する因子であ ることを明らかにするとともに、長い間機能が不明であった EF-1γがglutathione S-transferase(GST)活性を保有することを明らかにしてきた。GSTは寒冷ストレスを始め、 多様なストレスの防御等に関連する多機能酵素の一つであり、EF-1γの機能の解明が待たれる。イネ培養細胞系での本年度の解析結果では、過酸化水素による酸化ストレス、 低温ストレス等でGSTの合成が誘導されることが観察されたが、EF-1γの合成は誘導されなかった。これらのことから、GSTとEF-1γが保有するGSTは異なる機能を有すると 推定した。

(2)植物細胞紡錘体に対する低温の影響
 細胞の核分裂過程は、生命活動の中で最もドラマチックな過程であり、その機構は古くより研究が続けられている。従来、染色体の分離に関与する紡錘体の主成分はチュ ーブリンの重合体である微小管であり、アクチンフィラメントは関与しないとされていた。然るに我々は、タバコBY-2細胞を用い、ローダミンファロイジン染色により、紡 錘体中に微小管と配向性を一にするアクチンフィラメントを発見した。本年度は、この結果をさらに確固たるものにするため、分裂期の細胞に対する低温の影響について解 析した。すなわち、微小管およびアクチンフィラメントは、低温処理によりモノマーに崩壊することが知られていたので、一方のフィラメントを安定化する試薬の存在化に、 両フィラメントの安定性を解析した。その結果、大変興味深いことに、アクチンフィラメントを安定化する試薬で微小管が安定化され、逆に、微小管を安定化する試薬が存 在すると、低温下でアクチンフィラメントが観察された。
 以上の結果は、アクチンフィラメントおよび微小管との間に両繊維を安定化する相互作用が存在することを示すものであり、紡錘体中にアクチンフィラメントが存在する ことを支持する重要な結果であると考えられる。

(3)オオムギの春化誘導機構
 "春化"は植物が冬場の低温に曝され、日長が延びてはじめて花芽が形成される現象で、作物の約半数で春化がみられる。二酸化炭素の増加等による気温の上昇は秋蒔きの 麦類等に大打撃を与えるとも言われており、春化機構を解明し、春化を自在に制御することは、グローバルな課題である。本研究では、春化への関与が期待される複数の新 しい遺伝子を単離し、現在、春化との因果関係を明らかにするための解析を行っている。春化機構の解明は、栽培作物の生産地域拡大に繋がるのみでなく、ダイコン等のと う立ちの予防、岩手特産ナバナの生産性の向上、等にも繋がり、寒冷地農業に多くの利益をもたらすと期待される。また、本研究分野では寒冷耐性の高いオオムギ品種を用 いて、耐寒冷性遺伝子の同定を試みている。現在、低温環境下で特異的に転写される複数の遺伝子を同定しており、これらの中から寒冷耐性の引き金となる遺伝子を見出し、 寒冷耐性を有するイネ品種等を開発する基盤を構築する。また、本研究の過程で、オオムギ胚盤等で特異的に発現し、糖の流転に関与すると推定される遺伝子を見いだし、 その細胞内局在性、発現時期、発現誘導等に関する情報を得た。

(a) 発表論文
S. Kobayashi, S. Kidou and S. Ejiri (2001)
Detection and characterizationof glutathione S-transferase activity in riceEF-1ββ'γ and EF-1γ expressed in E.coli. Biochem. Biophys. Res. Commun. 288: 509-514.  [Summary]

(b) 学会発表
末永佳代子,小岩弘之,保田 浩,江尻愼一郎 (2001) 
紡錘体微小管とアクチンフィラメント間の相互作用.
日本分子生物学会第1回春季シンポジウム,講演要旨,41.

保田 浩,末永佳代子,小岩弘之,江尻愼一郎 (2001) 
タバコBY-2細胞における紡錘体様構造のアクチンフィラメントの存在とその性質.
日本農芸化学会東北支部第133回例会,講演要旨集,4.

木藤新一郎,佐々木直子,木藤直巳,江尻愼一郎 (2001) 
オオムギの発芽過程で発現誘導される23kDaタンパク質のcDNAクローニングと発現解析.
第19回日本植物細胞分子生物学会,大会・シンポジウム講演要旨集,70.

保田 浩,小岩弘之,末永佳代子,江尻愼一郎 (2001) 
タバコBY-2細胞の核分裂過程へのアクチンフィラメントの関与.
第2回岩手ゲノムサイエンス研究会,プログラム,8.

保田 浩,末永佳代子,神田勝弘,江尻愼一郎,小岩弘之 (2001) 
タバコ培養細胞(BY-2細胞)分裂期における紡錘体様特異的アクチンフィラメントの局在.
日本植物学会東北支部第14回山形大会,講演要旨集,17.

(c) 講演等
江尻愼一郎 (2001) 
タンパク質生合成研究の新展開:ペプチド鎖伸長因子1の超多機能性を中心に.
平成13年度岐阜大学大学院連合農学研究科共通ゼミナール特別講演,テキスト,49.焼津.

江尻愼一郎 (2001) 
狂牛病をめぐる話題について.
平成13年度岩手県高等学校教育研究会理科部会生物部会秋季研修会,盛岡.

木藤新一郎 (2001) 
発芽時のオオムギ胚盤で発現する23kDaタンパク質の機能. 第11回八王子セミナー,八王子.

木藤新一郎 (2001) 
オオムギにおける糖の転流について.
平成13年度岩手県高等学校教育研究会理科部会生物部会秋季研修会,盛岡.

(d) 他の学内研究室および学外研究機関との共同研究(下線は当センター所属の教員、院生、学生)
T. Shiina, M. Morimatsu, H. Kitamura, T. Ito, S. Kidou, K. Matsubara, Y.Matsuda, M. Saito and B. Syuto (2001)
Genomic organization, chromosomal localization, and promoter analysis of the mouse Mail gene. Immunogenetics 53: 649-655.   [Summary]

椎名貴彦,森松正美,伊藤寿浩,北村 浩,斉藤昌之,木藤新一郎,松原和純,松田洋一,首藤文榮 (2001)
新規核内IkBタンパク質MAIL遺伝子の構造解析. 第24回日本分子生物学会年会,講演要旨集,438.


3.生体機能開発研究分野(上村 松生、伊藤 菊一)

研究テーマ
 ◎ 植物細胞の低温下での傷害発生とそれを回避する分子機構
 ◎ 植物の超低温下での長期保存の可能性
 ◎ 植物の発熱遺伝子の探索とその利用に関する研究

本研究分野は、植物の低温適応のメカニズムを総合的に解明することを目的としている。現在、外来遺伝子を導入して低温などの環境ストレスに耐性を持つ植物を作成する ことが試みられているが、その試みが実用化されるためには、導入対象となる遺伝子がどのようなメカニズムでストレス耐性を増大させるのかという機能評価を行う必要が ある。その基礎データを得るため、本研究分野では、植物の低温適応と関連し、上記のテーマの下に研究を行っている。以下に、平成13年に得られた主な成果を記す。

(1)植物の低温馴化過程の解析
モデル植物として広く用いられているシロイヌナズナは、非常に短い時間で低温馴化可能な植物で、低温馴化や凍結傷害機構と分子生物学知見を結びつける最適材料の一つ である。本研究室では、@低温馴化初期過程で特異的に出現する細胞膜タンパク質を網羅的な同定(Kawamura & Uemura, Kawamura et al.)、A低温馴化過程で凍結傷害発 生機構の段階的な変動の解析(本センター客員教授・吉田 静夫氏との共同研究)、などを行った。さらに、低温馴化初期過程における細胞内の物質的な変動を詳細に解析 しており、それらの知見を集積して耐凍性獲得における分子機構を総合的に理解していくことにしている。また、低温馴化過程で細胞内に蓄積される適合溶質の細胞内局在 性を調べ、耐凍性獲得におけるそれぞれの物質の役割を解明する試みも進んでいる(上村・鎌田、鎌田・上村)。

(2)コムギカタラーゼを導入した形質転換イネを用いた冷温障害機構の解析
冷温障害発生の原因の一つは、冷却、及び、回復過程で活性酸素が発生することであると考えられている。そこで、北海道グリーンバイオ研究所(本センター客員教授・猿 山 晴夫氏との共同研究)で作成されたコムギカタラーゼ遺伝子を導入した形質転換イネを用いて、冷温障害と活性酸素の関連を詳細に調べている。その結果、形質転換体 では、@低温耐性が大きいこと、A低温処理中の活性酸素発生が押さえられていること、B低温下や回復過程で活性酸素によって生成されると考えられる細胞内過酸化物の 量が少ないこと、C低温下や回復過程でカタラーゼ活性が高いままで維持されること、などを見出した(小野寺ら)。これらの結果は、導入されたカタラーゼの高い活性に より、様々な低温障害に付随した細胞内変動が押さえられていることを示している。

(3)植物茎頂の超低温下における長期保存
地球上では、様々な原因による環境変動によって、日々刻々貴重な植物遺伝資源が急速に失われている。それらの遺伝資源を安定した状態で長期間保存できれば、将来の世 代がその資源を必要とした際に有効に利用することができる。保存方法として最も信頼性があるのは、超低温(−196℃)における水のガラス化を利用した保存法である。 本研究室は、(独)農業技術研究機構東北農業研究センター(新野 孝男室長)、および、安代町花き開発センター(本センター客員教授・日影 孝志氏)と共同で、岩手県特 産であるリンドウ茎頂の網羅的保存を試みている。現在まで試みた系統については、非常に高い割合で超低温保存に成功し、融解後も順調に生長している。今後、さらに東 北地方に関連の深い有用な作物や、貴重な遺伝資源の保存を進めていくとともに、超低温で細胞が生存できる分子機構の解明に挑戦していくことにしている。

(4)ザゼンソウの発熱制御システムに関する研究
植物は、哺乳動物と異なり、自らの体温を調節することなく外界の気温と共にその体温が変動するものと考えられてきた。ところが驚くべきことに、ある種の植物には、自 ら発熱し、体温を調節するものが存在する。本研究においては早春に花を咲かせる発熱植物である「ザゼンソウ」に着目し、本植物の熱産生に関わるシステムを明らかにす るための研究を行っている。
本年は、群落地および人工気象室におけるザゼンソウの発熱変動データを収集し、肉穂花序の恒温維持に関わる特性を詳細に検討した。その結果、ザゼンソウは外気温度の 変動を発熱部位である肉穂花序の温度変化として認識していることが明らかになった。さらに肉穂花序における体温(25℃程度で維持される)は、約60分を1周期とする体 温振動により精密に制御されていることが判明した。興味深いことにこの体温振動が発生するために必要な肉穂花序自身の最小温度変化は±0.3℃であると見積もられた。 植物界でこのような微少温度変化を認識し、恒温性を維持できるシステムはザゼンソウ以外には報告がない。この研究成果は、2001年夏に米国で開催されたアメリカ植物生 理学会年次総会で招待講演を行った(Ito & Uemura)。
次に問題になることは、この肉穂花序における熱産生のメカニズムである。発熱関連遺伝子としては、ミトコンドリア内膜で機能する脱共役タンパク質(uncouplingprotein:
ucp)のザゼンソウの相同遺伝子、および、シアン耐性呼吸酵素(alternative oxidase: aox)遺伝子をターゲットとした研究を進めている。これらの遺伝子は遺伝子 導入技術などを用いた熱産生細胞等の作出に関する応用が可能な有用遺伝子資源である。今年は、ザゼンソウ由来のucp関連遺伝子(SfUCPaおよびSfUCPb)およびタンパク 質(SfUCPAおよびSfUCPB)について、アメリカおよびカナダで国際特許出願を行い(発明者:伊藤菊一、出願人:科学技術振興事業団)、ザゼンソウ由来の遺伝子資源の権 利化を進めた。

(a) 発表論文
上村 松生,鎌田 崇(2001)
植物の耐凍性増大過程における細胞内適合溶質の役割.低温生物工学会誌,47: 117-118.  [Summary]

(b) 学会発表
K. Ito and M. Uemura (2001) (招待講演)
Sensing of temperature changes and oscillatory thermoregulation in the spadix of skunk cabbage (Symplocarpus foetidus). Plant Biology 2001, Providence, USA (Abstract book, p.13)

K. Ito, Y. Onda, S. Kawai and M. Uemura(2001)
Sensing of temperature changes and oscillatory thermoregulation in the spadix of skunk cabbage (Symplocarpus foetidus). Plant Biology 2001, Providence, USA (Abstract book, p.369)

M. Uemura and K. Ito(2001)
Identification and analysis of plasma membrane proteins isolated from rice leaves (Oryza sativa).
Plant Biology 2001, Providence, USA (Abstract book, p.658)

K. Ito,Y. Onda,S. Kawai and M. Uemura (2001) 
Temperature-triggered periodical thermogenic oscillations in skunk cabbage.
Gordon Research Conference on Temperature Stress in Plants.

Y. Kawamura and M. Uemura(2001)
Changes of the plasma membrane from Arabidopsis thaliana within 1 week of cold acclimation.
The 6th International Plant Cold Hardiness Seminar, Helsinki, Finland(Abstract book, p.47)

Y. Kawamura, S. Shouji and M. Uemura(2001)
Alterations in Arabidopsis thaliana during the early stage of cold acclimation.
The 38th Meeting of the Society for Cryobiology, Edinburgh, UK (Abstractbook, p.206)

小野寺秀宣,相馬ちひろ,松村 健,猿山晴夫,上村松生(2001)
コムギカタラーゼ遺伝子を導入した形質転換イネの酵素・膜への影響.
日本植物学会第65回大会,講演要旨集,87.

鎌田 崇,上村松生(2001)
コムギの低温馴化過程における適合溶質含量の変動.日本植物学会第65回大会,講演要旨集,87.

恩田義彦,伊藤菊一,上村松生(2001)
ザゼンソウにおける発熱細胞の微細構造の観察.日本植物学会第65回大会,講演要旨集,107.

伊藤菊一,恩田義彦,上村松生 (2001) 
ザゼンソウの発熱関連遺伝子および温度センサー低部位の解析.
日本分子生物学会第1回春季シンポジウム,講演要旨,32.

伊藤菊一,恩田義彦,佐藤武博,上村松生 (2001) 
ザゼンソウの発熱制御に関わる時間軸依存型体温振動システム.
第24回日本分子生物学会年会,講演要旨集,843.

(c) 講演等
上村松生 (2001) 
植物の寒冷適応と生体膜:研究に伴うジレンマとフラストレーション.
平成12年度東北農業試験研究推進会議・生物工学研究会,盛岡.

上村松生 (2001) 
植物(ザゼンソウ)の発熱機構について.
平成13年度岩手県高等学校教育研究会理科部会生物部会秋季研修会,盛岡.

伊藤菊一 (2001) 
ザゼンソウの発熱機構. AFR第1回植物耐冷性研究会,盛岡.

伊藤菊一 (2001) 
ザゼンソウの発熱制御機構. 生物科学セミナー,東京大学理学部,東京.

(d) 特許
伊藤菊一 (2001) 
Plant thermogenic genes and proteins.(アメリカ 99-F-071US/YS)

伊藤菊一 (2001) 
Plant thermogenic genes and proteins.(カナダ 99-F-071CA/YS)

(e) 他の学内研究室および学外研究機関との共同研究(下線は当センター所属の教員、院生、学生)
K.-J. Wang, Y. Takahata, K. Ito, Y. Zhao, K. Tsutsumi and N. Kaizuma (2001)
Genetic characterization of a novel soybean kunitz trypsin inhibitor.
Breeding Sci. 51: 185-190.  [Summary]

K. Otsu, K. Ito, T. Kuzumaki and Y. Iuchi (2001)
Differential regulation of liver-specific and ubiquitously expressed genesin primary rat hepatocytes by the extracellular matrix. Cell. Physiol. Biochem. 11: 33-40.  [Summary]

S. Koide, K. Shibuya, Y. Nishiyama and M. Uemura (2001)
Cell viability of Japanese radish cylinders immersed in hypertonic solutions.
Proc. of the 3rd IFAC/CIGR Workshop on Control Applications in Post-harvestand Processing Technology, Tokyo, Japan, pp.149-154.

小出章二,渋谷和之,西山喜雄,上村松生 (2001)
高張液浸漬した円柱大根の細胞活性度.第60回農業機械学会年次大会講演要旨,117-118.


4.主催したシンポジウム

  第3回CRCシンポジウム −低温への生物の応答−
   日時:平成13年7月13日(金)午後1時から
   場所:岩手大学附属図書館2階 生涯学習・多目的学習室
   主催:岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター

 第3回を迎えたCRCシンポジウムは、前回のシンポジウム終了時に実施したアンケート結果を踏まえ、多岐にわたる分野の先生方をお招きして、−低温への生物の応答 −と題して開催した。当日は、学内外から40名を越える参加者があり、様々なアプローチによる研究内容について質疑応答が活発に行われた。発表題名と発表者は以下の通 りであった(講演要旨はhttp://news7a1.atm.iwate-u.ac.jp/~icg-1/Symposium/Sympo-3/abst-3.html  でも公開)。

−発表題名および発表者−
「植物の耐寒性機構の複雑性:生体膜、特に細胞膜の役割」
  上村 松生(センター生体機能開発研究分野)
「シロイヌナズナ完全長cDNAマイクロアレイを用いた乾燥、塩、低温ストレス条件下での発現プロファイリング」
  関 原明(理化学研究所筑波研究所 植物分子生物学研究室)
「樹木個体呼吸から見た森林CO2収支の寒冷適応−シベリア亜寒帯林からボルネオ熱帯降雨林−」
  森 茂太(森林総研東北支所 育林グループ)
「哺乳動物の熱産生における脂肪組織とUCPの役割」
  斉藤 昌之(北海道大学 大学院獣医学研究科 比較形態機能学講座)


5.主催したセミナー

(寒冷バイオ特別セミナー・岩手細胞生物学談話会共催)
   3月26日  ヒトゲノムプロジェクトの完成と今後の医学
         村松正実 埼玉医科大学教授 埼玉医科大学ゲノム医学研究センター所長

(CRCセミナー) 
第15回 5月7日 −ひとはなぜ老けるのか−ゲノム維持機構の減衰と疾病
         古市泰宏 ジーンケア研究所所長
第16回 5月25日 植物エストロゲンの内分泌撹乱作用
         池田和博 自治医科大学保健科学講座環境免疫学・毒性学部門
第17回 7月4日  植物の低温馴化の分子機構
         今井亮三 農業技術研究機構北海道農業研究センター
第18回 7月17日 モデル生物ゲノムを利用した遺伝子ファミリーの網羅的機能解析
         −ヘリカーゼ遺伝子ファミリーを例にして−
         浴 俊彦 理化学研究所
第19回 12月7日 (財)岩手生物工学研究センターにおける水稲耐病性研究の現状
         寺内良平 (財)岩手生物工学研究センター

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